東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第40号(平成20年11月26日発行)

特集

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HIV/エイズの問題は“遠い国の出来事”ではない

フジテレビのアナウンサー、佐々木恭子(ささききょうこ)さんは、これまでに三カ国のHIV/エイズ事情を取材し、番組の中でリポートしてきました。日本では考えられない衝撃的な体験の連続に、それまでの価値観が音をたててくずれていったと言います。そんな佐々木さんに、現地取材での体験や日本国内の現状、そしてこの問題にひそむ差別の問題などについて語っていただきました。

PROFILE

顔写真

佐々木恭子さん

1972年、兵庫県西宮市生まれ。1996年、東京大学教養学部フランス科を卒業後、フジテレビに入社。『FNNスーパータイム』『報道2001』『スーパーニュース』などのリポーター・フィールドキャスターを経て、1999年より『とくダネ!』のメインキャスターを務める。同番組では「FNSチャリティーキャンペーン」の一環としてHIV/エイズ問題を取り上げ、世界の国々の“いま”を紹介。2006年はアフリカ・マラウイ共和国、2007年はパプアニューギニア独立国、2008年は南米・ガイアナ共和国を訪れ、それぞれ二週間以上にわたる取材を行った。また、取材後は日本各地で「現地取材報告講演会」を開催、大きな反響を呼んでいる。2008年に結婚、2009年春に出産予定。

「命が平等に扱われない」世界を目の当たりにして愕然(がくぜん)とした

海外のHIV/エイズ事情を取材したなかで、どんなことが印象に残っていますか?

 二年前、国外のHIV/エイズ事情の取材として初めて訪れたのが、アフリカのマラウイ共和国でした。ここでは人口の約65パーセントの人たちが一日あたり1ドル以下で暮らしています。この想像を絶するほどの貧しさがHIV(ヒト免疫不全ウィルス)感染増大と深く関わっています。

 マラウイには約100万人の孤児がいますが、その半数近くは、エイズで親を失っています。だからお金を得る手段として、たくさんの子どもたちが物乞い(ものごい)をしたり、やむをえず売春をしているわけです。それが良いか悪いかという問題以前に、生きるためにはそうするしかないというのが現実でした。貧困が貧困を呼び、さらに病気の流行にも拍車をかけるという負の連鎖―貧困とHIV/エイズの問題が分かちがたく結びついている社会を目の当たりにして、大げさではなく、これは「国家規模の危機」だと感じました。

 また、昨年のパプアニューギニア取材では、まだ一歳半くらいの子どもが、母子感染によるエイズで亡くなる現場に、偶然立ち会いました。さらにその翌日、今度は栄養失調で赤ちゃんが亡くなって……あまりにも過酷な現実を目の当たりにして、愕然(がくぜん)としました。もしも日本のように経済的に豊かな国に生まれていたら、この子たちは死なずにすんだでしょう。この時ばかりは、こんなことで人が命を落とすものなのかと、本当にやり切れない思いでした。

 良い薬が開発されたおかげで、もはやエイズは死に直結する病気ではないのですが、全然そうじゃない国だって、まだまだたくさんあります。衣食住がままならないこうした国々と日本をくらべると、「命の重さは平等である」だなんて、とても思えませんでした。そんな激しい葛藤(かっとう)は、いまでもわたしの中でくすぶり続けています。

全国各地で「現地取材報告講演会」をおこなっているとお聞きしました。

 HIV/エイズの問題は、決して対岸の火事ではないのに、番組をご覧になった方々にとっては「どこか遠い国のお話」という印象をあたえただけで終わってしまうんじゃないかと、もどかしく思っていたんです。そこで二年前から全国のネット局と連動して毎月一回、取材中の体験を直接みなさんにお伝えする機会を設けていただくことになりました。

 その活動の一環として、熊本へ行った時のことです。ご自身のHIV感染をカミングアウトして活動をしている方に「若い人たちにどんなメッセージを送りたいですか?」と質問された時、わたしは「自分の行動に責任を持ってほしい」と答えてしまいました。それは「感染したのは無責任な行動をしたせいなのだから仕方がないですよね?」という意味にもとられかねない言葉です。もちろんそれは本意ではなかったのですが、言った瞬間から自己嫌悪に陥ってしまって……。

 その後、質問をしてくださった方にお会いして「すごく嫌な言い方をしてしまったかもしれません」と直接おわびしたところ、その方は「そんなことより、日本も大変な状況になっていることを、ぜひみなさんに伝えてほしいから、がんばって」と逆に励ましてくださいました。

 海外での取材は衝撃的な体験の連続でしたし、報道すべきことがそこにはありました。しかし、日本の現状を語れないままではこの問題の片面だけしか見ていないことになるんじゃないか、と反省しました。それがきっかけになって、今後は絶対に国内の事情も取材しようと心に決めたわけです。

医療・福祉関係者のなかにも“壁”が存在することにショックを受けた

日本国内を取材するなかで、どんなことを感じましたか?

 とても他人事とは思えないと、事あるごとに思い知らされました。

 たとえば、性感染した方に感染経路のことをお聞きしてみると、どの人からだとはっきり言い切れる方はめったにいませんでした。それに「まさかわたしが感染するとは思わなかった」と、みなさん口をそろえておっしゃるんですよ。その方々は、決して性的に奔放な生活をしているわけではありませんでした。「もしかしたら長くつきあっていたあの人から感染したのかも。でも本当のところはわからない…」。そんなお話を聞いて、わたしだって例外じゃないなと思ったんです。検査をしてみない限り、だれだって本当はわからないんです。

 だから、もっと積極的にみんなが検査を受けるべきなのですが、なかなかそうもいかないという話もよく耳にします。検査を受けるのは、なんとなく勇気がいりますよね。アメリカでは「自分のコレステロール値を調べるような気持ちで、HIVの検査を受けましょう」と宣伝しているそうです。日本でそこまで気軽に検査を受ける雰囲気を醸成できるかどうかはわかりませんが、検査を受けること自体の敷居をもっと低くできたら良いのにと思っています。

医療・福祉現場では「高齢感染者の介護」という新たな問題が起きているようですが?

佐々木恭子さんの写真

 日本では医療の進歩によってエイズで死ぬことはなく、HIVに感染しても長生きできるようになりましたが、それによって次の新たな課題も生まれています。当然、感染者の方々も高齢になりますから、介護が必要になるケースも増えてきます。ところが悲しいことに、医療・福祉の現場で理解がなかなか進まないため、受け入れ体制が整わないという現状があります。

 そこに厚い“壁”があると聞かされた時はとてもショックでしたが、問題の深刻さを思い知りました。医療・福祉の関係者でさえ理解が足りないのに、一般の人たちに理解をうながすのは無理というものでしょう。

 そんな状況のなか、厚生労働省とNPOが協力して、あるHIV感染者の在宅ケアに密着取材したDVDを作成しました。100件以上の施設に受け入れを拒否された末、仕方なく自宅介護を選択した患者さんのドキュメンタリーなのですが、これは一般向けではなく、医療・福祉関係者向けに作ったものだそうです。そう聞いた時、わたしは一歩前進したなと思うと同時に、まだこの段階なのかと複雑な思いをいだきました。

 わたしも在宅ケアを受けている高齢の感染者の方を番組で取材しました。「最初は目の前でくしゃみをされただけでも怖かった」と語るヘルパーさんたちが、日々の介護を通して患者さんと接しているうちに「HIVの○○さん」から「○○さんの感染症が、たまたまHIVだった」と認識が変わっていったと言うのです。さらに、そのヘルパーさんは「毎日のように接しているわたしが感染していない。この事実をちゃんと伝えたいんです」と、力強く語ってくれました。こうして変わっていく人たちの姿を見ると、人の温かさ、力強さに感動させられますし、わたし自身もなんだか勇気を与えてもらっているような気がして力が湧いてきます。やっぱり「知る」とか「経験する」ということが、現実を変える一歩につながるんですね。ですから、どうやって受け入れていったかというプロセスをたくさん伝えていくことが必要なんだな、と思うようになりました。

重い“荷物”を抱えている人に「一緒に持ちますよ」という感覚で今後も活動を続けていきたい

今後の展望について話してください。

 来年は、順調にいけば育休を頂き、いったん休みますが、HIV/エイズの問題は今後も取材を続けていこうと思っています。どうすれば届けるべき人に必要な情報が届けられるのか、いつも考えています。予防・啓発だけではなく――たとえば、自分自身の問題としてどう考えられるかなど――いろいろな面から、取り組んでいく必要があるんじゃないかと思っています。

 今後、わたしが大事にしていきたいと思っているポイントは三つあります。感染防止のためにきちんとした知識を伝えること。もしも感染してしまったら、どんな医療が受けられるかを知らせること。そして、身近な人の中に感染者がいた場合、それをどう受け入れていくかを考えていくこと。

 とくに、三つめの「共生」というテーマは“差別”という人の心に関わる問題をはらんでいるだけに、最も伝えにくく伝わりにくい部分です。だから、どういう形でどんな情報を届けていくかは、これからの課題ですね。

 わたしの活動の話ではないのですが、小学校や中学校の段階からHIV/エイズの問題を恥ずかしがることなく語れる場があるといいなと思います。たとえば性的接触によってHIVに感染した方が教壇で生徒たちに語ることができれば、どこか遠いところの話じゃなく、体温を持った一人の人間の喜びや悲しみをリアルに伝えることができるんじゃないかな。現実はこんなに進んでいるのだから、そういう理解の仕方をしないと、この問題はいつまでたっても日本ではタブーのまま放置されてしまうんじゃないかという気がしています。

 アナウンサーとして、もともと、わたし個人のテーマで「生きづらく感じている人たちの声にフォーカスしたい」というのがあります。HIV/エイズの問題で苦しんでいる人はもちろん、世の中にはいろんな生きづらさを抱えている人がいます。障害を持っている人、心の病気を患っている人、介護をする人・される人―そんな心の重い“荷物”をちょっと一緒に持ってあげるよという感覚で、今後も活動していけたらいいな、と思っています。

文 山川英次郎

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