東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第39号(平成20年9月17日発行)

特集

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いまの自分が好き ろう者で性同一性障害のわたし

耳が聞こえず、心と身体の性別が一致しない。そんなご自身のことを「自分は自分、他人とくらべても仕方がないでしょ?(笑)」と明るく語る緒方れん(おがたれん)さん。その表情からは、とてもポジティブな生き方が感じられます。ろう者であることも性同一性障害であることも“個性の一つ”だと受け入れる――そう思うに至ったこれまでの経験について、お話をうかがいました。

PROFILE

顔写真

緒方れん(おがたれん)さん

1974年、大阪府堺市にてデフ・ファミリー(家族全員がろう者)の長男として生まれる。東京都立大田ろう学校高等部卒業。埼玉福祉専門学校、(株)ワールドパイオニア寺子屋、ニュースキャン、(有)手話文化村などで手話講師を務めるほか、各方面の手話サークル、大学などの招きで講演会も数多い。また、劇団「AZ」や「イスパシオ」にて客演するなど演劇活動にも力を入れている。著書に『私、わたし』(講談社)、『はじめての手話』『やさしい手話』『わかりやすい手話辞典』『すぐに使える手話単語集』(以上、ナツメ社)など。

他人と自分をくらべるから悩みや苦しみが生まれる

家族全員が耳の聞こえない家庭に育ったとお聞きしました。

 わたしの家は、父、母、弟とわたしの四人家族。みんな耳が聞こえない“デフ・ファミリー(ろう家族)”です。よく聴者(耳の聞こえる人)の方から「ずいぶん大変でしょう?かわいそうに」などと言われますが、わたしはそう感じていません。少なくとも、不幸だとは全く思っていません。生まれたときからそれが当たり前だったし、笑いの絶えない“会話”がたくさんある幸せな家庭なんですよ。

 社会は音声コミュニケーションで成り立っている部分が大きいので、たしかにそれなりの苦労や不便はたくさん経験してきました。手話を格好悪いと思っていた時期もありました。人前で平然と手話で会話する両親に「恥ずかしいからやめて!」と言ったこともあります。私は歌が大好きで、幼いころは歌手になりたいと思っていました。テレビの歌番組を見ながらよく踊ったものです。だから、歌手にはなれないとわかったときは本当にくやしかった。

 でも、大事なのは「もしも、~だったら」ではなく、いまの自分のありのままを受け入れることではないでしょうか。誰かと比較したり、他人のものさしで自分を測ることから悩みは生まれるものです。「あれもできない、これもできない」とマイナス面ばかり見ていると苦しくて仕方がなくなってくるのです。そうではなく「自分は自分」と理解すること。そう思えるようになってからは、気持ちがずっと楽になりました。

手話講師という仕事に就いたきっかけは?

 19歳のとき、大学をやめて埼玉県所沢市にある「国立身体障害者リハビリテーションセンター」に入学しました。そこで、現在「NHK手話ニュース845」のキャスターなどを務めている木村晴美(きむらはるみ)先生のお話を聞き、それが人生の転機になりました。

 先生の「日本語と日本手話は対等の言語」という言葉を聞いて、まさに目から鱗が落ちる気がしました。わたしはただ耳が聞こえないだけで、別に能力が劣っているわけじゃない。手話だって日本語と同じように立派な“ことば”なんだ。だから卑屈になる理由なんてなにもないんだ、と気がついたのです。あまり理解されていないことですが、手話は単語も文法も日本語とは異なる別の言語なんです。

 その後、ろう者劇団や(有)手話文化村の代表である米内山明宏(よないやまあきひろ)さんにお会いしてたくさんの刺激を受ける機会に恵まれ、ろう文化や手話の世界にどんどんのめり込んでいきました。そして、学校をやめて手話講師への道を歩むことに決めたのです。

 聴者に助けてもらうばかりだったわたしが、今度は逆に教える立場へ――いま振り返ると、それはまるで本来の自分を取り戻す作業のようでした。そして自分の能力を活かして仕事ができるようになったころには、自信を持って「自分が好き」と言えるようになりました。

男性か女性かという以前に、一人の人間として見てほしい。

「性同一性障害」をめぐる心と身体の葛藤について聞かせてください。

 わたしは身体は男性に生まれましたが、自分は本当は女性だという自覚が、幼いときからありました。子どものころ、女の子たちとままごとをして遊ぶのが楽しかったし、自分にとってはそれが自然だったんです。初恋は小学2年生のとき。相手は男の先生です。それ以来、好きになる相手は男性ばかり。だから実らない恋に何度も泣きました。差別的なあつかいもたくさん受けたし、「死んでしまいたい」と思ったこともあります。

緒方れんさんの写真

 心と身体の性別が合わない、いわゆる「性同一性障害」は、大きく3つのグループに分類されます。身体の性とは異なる性の服装をすることで違和感を緩和する「トランス・ベスタイト(TV)」、手術までは望まないが、身体の性別に違和感を抱きホルモン剤の投与などで体つきを変える「トランス・ジェンダー(TG)」、自分の身体への違和感がとても強く、外科的な性適合手術を受ける「トランス・セクシュアル(TS)」。

 でも、実際には人それぞれなので、厳密に分けることはできません。結局、人からどう見られようとも「自分は自分」であることに変わりはない。だから、わたし自身は、分類にこだわる必要はないように感じています。

 7年前に『私、わたし』という手記を出版した当時、「女性として見てほしい、接してほしい」と強く思っていました。その気持ちに変化はありませんが、今は、男性か女性かという以前に、一人の人間として見てほしい。そんなふうに、心にゆとりを持てるようになったかな、と思います。

 現在、わたしは性適合手術を受けていません。しかし、手術をしようか真剣に考えていた時期もありました。実際に手術を受けた友達にも話を聞き、自問しました。可愛い水着を着たい。友達と一緒に温泉に入りたい。普通に恋愛して結婚したい…でもわたしがしたいのは表面的なことばかり? 結局「自分にとっては内面を大事にして生きていくことが大事」という自分なりの結論を得ました。そして「自信を持って、前よりも強く生きよう」と決めました。3年前に名前を「れん」に変えたのは、そんな決意の表れです。

アメリカ留学でとても影響を受けた出来事があったそうですね?

 22歳のころのことです。当時、私が滞在していたニューヨークから、ロサンゼルスに住む友達へファックスを送ろうと思いました。わたしは英語があまり得意ではなかったので、アメリカ人男性の友達に代筆をお願いしました。そして書いてもらいたい内容を手話で伝えようとすると「ちょっと待って。あなたのことは“he”と“she”、どちらで書けばいいの?」と彼に聞きかえされたのです。

 彼にはわたしの性別についてなにも話していませんでした。まだ女性として生きる決意をする前だったので、髪も短かったし、外見は男性にも女性にも見えました。わたしはすぐに答えることができませんでした。それでしばらく考えていたら、彼は「どちらでもきみが決めた言葉を尊重するよ」と言ってくれました。結局、わたしは「“she”と書いて」と答えました。

 彼自身は異性愛者の男性です。しかし、心と身体の性が一致しない人に対しても理解がありました。それまでは見た目で性別を判断されることが多かったので、「“心”で判断してくれる人がいるんだ」ということがとても強く印象に残りました。

 日本では多数であることが正義であるように言われることが多いように感じます。そして少数者が不利な立場におかれることが実際に多い。もちろんアメリカにも差別はたくさんあります。それでも、背景の異なるさまざまな人たちが住んでいるため、「自分と他人が違っているのは当たり前」という理解がしっかりと根づいています。だから相手のことも尊重できるんだろうな、と思いました。

自分を好きになれば自信がわいてくる。そしてもっと自分らしく生きてほしい。

今後の目標や実現させたい夢を教えてください。

 平成20(2008)年4月、品川区に明晴学園が開校しました。この学校は国内で唯一「手話と日本語の読み書きによるバイリンガル教育」をうたった私立のろう学校です。これまでろう学校では「手話教育」が重視されてきませんでした。ろう者の第一言語は“手話”なのですから、手話で学校教育をおこなうのはごく自然なことだと言えます。こういった理解がこれから少しずつでも広がるように、全国各地での講演で皆さんにお話ししたいと思っています。

 それから今、国際手話通訳者になるために勉強しています。4年に一度開催される「世界ろう者会議」へぜひ参加したいんです。次回は2年後に南アフリカで開催されます。そして、新設されたLGBT( Lesbian, Gay, Bisexual and Transgender)分科会に参加し、わたしもなにか新しい活動をしたいなあと思っています。

 わたしがいつも講演の最後に話すのは「自分らしく生きる」ということです。そのためにも、まずは自分を好きになってください。自分を好きになれば、自信が生まれます。耳の聞こえない人も、性同一性障害の人も、どんな人もみんな自分にしかない良いものをきっと持っています。それを大切にしてください。そして、自信を持ってどんどん社会に進出してほしい。同時に、さまざまな人がみんな平等に活躍できる社会が実現することを、心から願っています。

文 山川英次郎

共演者との写真

緒方れんさんが出演します。

『れん*奈美恵*ありさ 〜夢の共演〜』

手話歌あり、ダンスあり、コント(?)あり、の大爆笑ステージ。
(注)手話読みとり通訳はありません。

日時:平成20年10月18日(土曜)19時〜20時45分

会場:タワーホール船堀(都営新宿線「船堀駅」徒歩1分)

問い合わせ・チケット購入

NPO法人 江戸川手話通訳者協会(谷川)
電話:&ファックス: 03-3869-4818
E-MAIL: easli_kangen@yahoo.co.jp
ホームページ:外部サイトへ移動しますhttp://edoshuwa.nobody.jp/kangen08.htm

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