東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第33号(平成19年3月27日発行)

リレーTalk

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地下鉄サリン事件手記集を編纂“あの日の記憶を共有したい”

写真:高橋さん

地下鉄サリン事件被害者の会
代表世話人 高橋シズヱさん

12人が亡くなり、約5,500人が重軽傷を負った地下鉄サリン事件から12年が経過しました。3月17日には都内で「地下鉄サリン事件から12年目の集い」が開かれ、会場の参加者に「私にとっての地下鉄サリン事件」と題した冊子が配布されました。事件のご遺族で、地下鉄サリン事件被害者の会代表世話人を務めながら、犯罪被害者のネットワーク活動に携わっている高橋シズヱさんに、手記作成の経緯や犯罪被害者のおかれた現状などについてお話をうかがいました。

 メディアは、あれから5年、10年と、節目を付けた取り上げ方をしがちですが、私たちにとっては、3月20日というのは毎年毎年、繰り返し事件の衝撃を再体験する日です。

  被害者の会としては、毎年追悼日に何を行うかということについて、その都度企画を考えて実施してきました。今回この冊子を出すことにしたのは、私自身の中で、事件とのかかわり方にある変化が生じたことがきっかけでした。

  昨年9月15日に松本智津夫被告の死刑判決が確定しました。それまでずっと裁判だけに意識が向かっていましたが、ふと視野が開けた感じがしました。そのときに思ったのは「当時、他の人たちは事件をどう考えていたのだろう」ということでした。振り返ってみると、事件後、私は周囲の人たちからいろいろと声を掛けてもらいました。「大変だったね」とか、「私はあのときこうだったんだよ」とか。そのことを思い出したとき、事件が人々の意識に深く残っていることを確信しました。そして、そのことによって、私自身が社会から孤立しないで済んだのではないかと思うようになりました。

  犯罪被害者は、自分が世間から浮いた存在であるという特殊な感覚に陥りがちです。それは例えば買い物をしていても、電車に乗っていても、自分を「世間とは違う」と意識してしまうためにおこるものだと思います。こうした疎外感から脱却するためには、悲しみや恐怖感が、自分だけのものではなく、他の人々と共有できるものだと感じることが必要だと思います。ですから、事件についての記憶や、感じたことを皆さんに書いていただけたら、被害者や遺族は社会とのつながりを回復できると考えたのです。

  以前に、事件の遺族に手記執筆を打診したところ、「やっとここまできたのに」「せっかく忘れようとしているのに」と、断られた経験がありました。ご遺族の正直な気持ちだったのだと思います。「避けられないものだから、現実を見つめましょう」とは、当時の私には言えませんでした。私自身は、裁判の傍聴やメディアの取材等を通じて現実と向き合う機会が比較的多かったのだと思いますが、他の被害者の方はそういった機会も少なかったと思います。そうした機会が早ければ早いほど、被害からの回復も早いということは、かつてアメリカでの視察研修で学んだことでした。

 昨年末から手記募集の呼びかけをした結果、最終的に54人の方々の手記を冊子に掲載しました。編集に際しては、被害者も、そうでない人も、また著名人も区別なく五十音順に掲載する方針を採ることにしました。12年という時間が経過しているにもかかわらず、平成7年3月20日の、その日、その時を綴ったものが多く、それだけ事件の衝撃が大きかったことが理解できました。

 これまでは、犯罪被害者の権利意識が低かったことや、周囲の理解不足のために、何かにつけて「仕方ない」とあきらめることが多かった被害者たちも、今は自らが行動することの重要性に気付き始めました。たとえばJR西日本の福知山線脱線事故の際、遺族どうしの連携がすぐにとれたのは、過去の信楽高原鉄道事故、阪神淡路大震災、明石歩道橋事故の被害者が活発に活動してきたという下地があったからだと思います。実際、遺族どうしで連帯しようという意識は確実に高まっています。ただ、それをとりまく行政、司法、メディア、地域社会の意識や対応は、まだまだ遅れていると感じます。過去の事件や事故を教訓として生かすことに、日本社会は積極的であるとは思えないような事実に出くわすこともままあります。

  支援体制が遅れていたのは、根拠となる法律がなかったからですが、平成17年に犯罪被害者等基本法が施行、同年末に基本計画が策定されました。これに基づいて、今後は犯罪被害者対策が進んでいくのではないかと期待しています。

  地下鉄サリン事件についての社会的な関心が、徐々に他へ移っていくことは、昨今のように悲惨な事件が次々とおこる時代にあっては、成り行きとしてやむを得ないことかもしれません。それでも、犠牲を無駄にしないために、私たちから被害者の声を発信し続けていかなければいけないと思っています。

『私にとっての地下鉄サリン事件』を、ご希望の方は下記までお問合せください。
(財)東京都人権啓発センター 普及情報課 電話:03-3876-5372

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