東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第33号(平成19年3月27日発行)

特集

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「ありがとう」は魔法の言葉

昨年10月、愛くるしいキャラクターとして多方面で活躍されている歌手の中島啓江(なかじまけいこ)さんが、絵本を出版しました。
絵本のあらすじは、こうです。……クラスのいじめっ子に嫌がらせを受けていた“わたし”は、転校することになりました。そのことを誰にも伝えず、黙って消えてしまいたいと考えていた“わたし”に、母は「お別れをする時は、誰もが“ありがとう”の気持ちを伝えるものなの」と優しく諭します。いよいよ転校当日の朝、“わたし”は母との約束を守ることだけを考えて嫌々ながらクラス中の一人ひとりにプレゼントを手渡し、真っすぐに相手の目を見て「ありがとう」と挨拶して回りました。そして最後に残ったのは、あのいじめっ子。でも、信じられないことに“わたし”の口からは自然に「ありがとう」という言葉が出てきたのです。すると、小さな声であの子は言いました。「ごめんなさい」、そして「ありがとう」と……。

PROFILE

顔写真

中島啓江さん

鹿児島県出身。昭和音楽短期大学ディプロマコース・オペラ専攻科修了。1986年、初のソロ・コンサート「天高くオペラ肥ゆる秋」を行う。その後、宮本亜門演出のミュージカル「I GOT MERMAN」、NHK「音楽夢コレクション」、TBS「平成名物TV・イカすバンド天国」などテレビにも出演。2006年8月に、後世に「伝えたい」曲シリーズの第一弾としてミニアルバム『千の風になって』をリリース。『My Favorite Songs』『Good Night』などCD多数。著書に『じゃあね』(KTC中央出版)、『いつも心にありがとう』(グラフ社)など。現在、コンサート、ディナーショーのほか、テレビ、ラジオ、CM、講演など幅広く活躍中。また、毎年3月に銀座博品館劇場で行う「夢で逢いましょう」、毎年1月17日に行う「阪神・淡路大震災の追悼無料コンサート」は、自身のライフワークとなっている。

親子で絵本を読んで素敵な「ありがとう」が言える人になってほしい。

『わたしから、ありがとう。』を作ることになった経緯を教えてください。

 一昨年、あるテレビ番組に出演させていただいたのですが、たまたま絵本作家の河原まり子(かわはらまりこ)さんがその放送をご覧になっていたことがきっかけです。とくに、わたしがいじめを受けていた小学校から転校する日のエピソードに、とても感動されたようです。そして放送後「その体験を子どもたちにも伝えるため、ぜひ絵本にしましょう」という素敵なお手紙をいただき、「私と母の心と思いをわかっていただけるのなら」ということで協力しました。

 絵本ですから多少の脚色はありますが、大筋はわたしが実際に体験したことです。わたしにとっては、とても衝撃的で感動的な体験でした。生前の母に贈ってもらった「啓江(けいこ)、“ありがとう”ってたくさん言えば、あとできっと自分にも返ってくるよ」という言葉は、いまでもわたしの心に深く刻まれています。

 ただ、最初に絵本のお話をいただいた時、じつは「どうしようかな」と迷っていたんです。実際、あの頃のいじめ体験はとてもつらいものでしたし、母が亡くなった翌年、母との半生を綴った『じゃあね』という本の中でも同じエピソードを書いているだけに、そこでおしまいにしたかったという思いがあったからです。

 わたしは、何も言わずに突然転校していなくなってしまうことでいじめっ子に仕返ししようとしていました。ですが、そうしなかったことで相手もひどいことをしていたんだと気付いて、本来のやさしい心を取り戻したんです。彼らもいまではこの世界のどこかでとても素敵な大人に成長してくれていると信じています。いまの世の中ではいじめられたほうだけでなく、いじめたほうまで自殺してしまうという痛ましい事件が起きています。わたしが母からもらった言葉の大切さをどうして伝えてあげられなかったんだろうと思うと、本当に残念でなりません。みんながやさしい気持ちになって、いじめられっ子もいじめっ子も、ともに立派な大人になって堂々と生きていける世の中になってほしい。そのきっかけになるような絵本作りに、わたしの体験が少しでも役に立つのであれば、と考え直すようになりました。そんな経緯があった末に「じゃあ、やってみましょうか」と承諾させていただいたというわけです。

「ありがとう」という言葉に中島さんの思いがたくさん詰まっているみたいですね。

子どもを抱きしめている絵

『わたしから、ありがとう。』
16ページより

 この絵本は、お母さんが子どもに声を出して読んであげてほしいなって思います。とくに最後、いじめっ子から「ありがとう」という言葉が返ってくるシーンでは、心を込めて読んでほしい。

 最近、わたし自身がたくさんの子どもたちの前で絵本を朗読したのですが、もうダメ。自分の話なのに読んでいるうちにボロボロと涙が出てきちゃって(笑)。でも、子どもたちは最後にいじめっ子からどんな言葉が返ってくるんだろうって想像しながら聞いてくれています。そこで最後はちょっと間をあけるんです。そして、心を込めて「ありがとう」って言う。するとその瞬間、わーって大きな拍手が湧くんです。そこでまたわたしはボロボロと涙(笑)。

 この絵本の中にはお母さんが子どもを抱きしめている絵がありますが、河原さんが描いてくれた絵の中でも、わたしが一番好きな絵です。

 いまの人たちって、抱きしめられた経験が少ないですよね。ちゃんと自分の子どもを抱きしめてあげるのが親なんですが、いまは抱きしめてあげることすらわからない親が多い気がします。だからこそ、この絵本を親子で読んでほしい。そして素敵な「ありがとう」が言えるような人になってくれたら……それがわたしの願いです。

自分にできること ……歌手として、人として……

小学生の頃、いじめの渦中にあって、何が中島さんを支えていたのですか?

写真:微笑む中島さん

KEIKO NAKAJIMA

 住んでいる家のこととか、言葉になまりがあるとか、小学校3年の音楽の授業で先生に「歌う声が大きすぎる」と怒られたことなどから、クラスの子にいじめられるようになりました。

 いつもみんなに掃除をおしつけられて、一人で廊下を磨いたりしていましたよ。みんなが集まって写っている当時の写真に、遠くで一人で床を磨いているわたしが写っています。みんなと同じ時間に帰りたかったけど、掃除してればいじめられないんだと思って、遅くまで掃除をしていました。

 いじめは本当につらかったけど、一度も学校を休みませんでした。それは、やさしい用務員さんがいてくれたから。掃除が終わってストーブの石炭を取りに行くと、「また君が来たのか」と用務員さんに言われるんです。そしていつも「出涸らしだけどね」と、お茶をいれてくれました。用務員さんは学校の七不思議など、いろんな話をしてくれました。お茶を飲みながら、ああ、さびしくないなあとしみじみ思ったのです。あの出涸らしはおいしかったなあ(笑)。

 用務員さんのように、味方になってくれる人は必ずいます。今つらい状況にある人も、周りを見まわして、その味方を探すことが大事です。

 これまで味方になってくれた方たちからもらったあたたかさを、今度はわたしが誰かに伝えたいんです。わたしは歌手ですから、まず歌を通じてその種をまいていけたらと考えています。まだまだほんのちっちゃな種ですが、いつかは花を咲かせ、そしてまた種を落とす。そんなことを繰り返しているうちに、いつかは大輪の花を咲かせてくれることを夢見ています。

毎年1月17日には、阪神・淡路大震災のチャリティーコンサートを開かれているとうかがいました。

中島さん顔写真

KEIKO NAKAJIMA

 震災直後の追悼コンサートに参加した時にはお客さんの数もぜんぜん少なくて、なんだかいまにも街の灯が消えてしまいそうなほどもの悲しい雰囲気だったように記憶しています。それでも、毎年行くたびにお客さんが増えていくんです。それがとても嬉しかった。人が生きてる。そんな当たり前のことが嬉しい。生きてるって、すごい。そう実感しました。10年目以降、チャリティーコンサートを開催しているのですが、今年からは東京でやっています。それは震災が起きた場所ではなく、遠いところからもお祈りできるような心をみなさんにも持ってほしいな、という願いを込めたつもりです。

 わたしのコンサートに来ていただいている方は、みんなわたしの子どもだと思って歌っています(笑)。いろんな境遇の方がいますけど、「よくここまで生きてきたね」って抱きしめたくなってしまうんですよ。みんな素敵な人生を歩んでほしい。わたしにできることなんて小さなことかもしれませんが、これからもそんな気持ちを伝え続けられるような歌い手でありたいと思っています。

親子も先生も、地域の人もみんな一緒に

どんな夢をもっていますか?

 わたしの夢は、廃校になった校舎を再利用して「心の学校」を作ることです。廃校といっても、もちろんたくさんの卒業生たちがいます。故郷へ帰ってきた時、自分の学び舎がなくなっていたら悲しいですよね。だから子どもの頃に戻れる場所を残したいというのが目的のひとつです。

 たとえば、「心の学校」の子どもたちには彫刻刀を持たせます。鉛筆も自分で削ってもらいます。そんなことを親子で経験してもらいたい。すると、子どもはお父さんを見直す場面がきっとあると思うんです。刃物を上手に使うお父さんの姿を見て、すごいなぁって。そうやって、親は育てる自信をつける。子どもは親を尊敬する。そんな場を提供できたら素敵だなと思うんです。

 先生もただ腕組みをして見ているだけじゃなく、泥だらけになって一緒に田植えをしてもらいます。偉そうにする人は先生に呼びません。たとえば、そば打ち名人のおばあちゃんが一日だけの教授になっちゃう。もしかしたら、いまこれを読んでいる方にも先生をお願いすることになるかもしれません。わたしは青空教室で音楽の先生をやります。地域の合唱団でワークショップを続けているので、ちゃんと自分のオリジナル・メソッドはあるんですよ。大きな声の出し方とか(笑)。そして、こうした一日だけのにわか先生にこそ、日常で疲れ果てている心を癒やしてほしいという意図も持っているんです。

 こんな夢が実現できたら、毎日、素敵な「ありがとう」が交わされる環境が自然にできてくると思います。そうしたら子どもたちの間から、また、大人社会においてもいじめなんかなくなっていくんじゃないかと、わたしは思います。

『わたしから、ありがとう。』

絵本表紙

中島啓江(なかじまけいこ)/原案 河原まり子/作・絵
岩崎書店 2006年10月発行
1,365円(税込)

CD好評発売中『千の風になって』

CDジャケット

2006年8月発売
発売元:株式会社ピュアハーツ
2,000円(税込)

中島啓江(なかじまけいこ)オフィシャルサイト
外部サイトへ移動しますhttp://purehearts.co.jp/nakajima/
運営事務局
03-3263-8688

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