東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第30号(平成18年6月6日発行)

特集

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傷ついた子どもに寄り添う―カリヨン子どもセンターの活動―

家族関係が壊れたり、または虐待等の行為により安全に暮らせなくなった子どもがいます。児童養護施設を出て自立を目指したものの、困難に直面して帰る場所を失ってしまった少年や少女がいます。そして、その結果として犯罪に巻き込まれたり、自傷行為に走る子どもたちがいます。「助けてほしい、いますぐに」。このような子どもたちのために特定非営利活動法人カリヨン子どもセンターは設立されました。さまざまな困難を抱えた子どもたちにどう寄り添うか。同センター理事長で弁護士の坪井節子さんにお話を伺いました。

PROFILE

顔写真

坪井節子さん

1953年、東京生まれ。78年、早稲田大学卒業。80年、弁護士登録。87年より東京弁護士会の「子どもの人権救済センター」などで多くの子どもたちの救済活動に携わる。現在、日弁連子どもの権利委員会幹事、カリヨン子どもセンター理事長。おもな著書に『子どもは大人のパートナー』『アジアの蝕まれる子どもたち』(以上、明石書店)など多数。

カリヨン子どもセンターとシェルター設立までの経緯を教えてください。

 私が参加している東京弁護士会子どもの人権救済センターでは、「子どもの権利条約」が批准された平成6年( 1994 )から、子どもたちと弁護士とでつくるお芝居を通じて、現在の子どもたちを取り巻く状況を伝えるという試みを行ってきました(「もがれた翼」シリーズ)。学生だったころ演劇部に所属していた私は、その脚本を担当してきたのですが、「もがれた翼・パート9」(平成14年)を作るときに、子どもたちのためのシェルター(一時避難施設)が存在するという、架空の前提で脚本を書いたんです。もちろんそれまでにも、子どもたちの福祉や人権救済活動にたずさわる人々の間では、シェルターの必要性は強く認識されていました。ただ、やはりなかなか実現するのはむずかしかったのです。

 ところが、このお芝居が思わぬ反響を呼び、単に「夢を舞台に乗せよう」という思い入れだけで書いた脚本が、実現に向けて動き出したのです。

 シェルター設立は弁護士だけの要望ではなく、子どもたちの実態を見みてきた養護施設などの福祉関係者の願いでもあり、なによりこの芝居を見ていただいた方々からの反響がとても大きかった。私たちの「夢」は、一挙に現実の動きになっていったのです。本当にあっという間でした。なにしろ、その年の9月にお芝居をして、翌月にはすでに設立準備会ができていましたから。

 こうなってみて面食らったのは実は私自身です(笑)。なんだか竜巻にでも巻き込まれたみたいで、「みんなちょっと待って待って」という感じでした。物品の提供や、スタッフとして働きたいという申し出も多数よせられ、そしてシェルターとして使える家の提供まで受けることができました。弁護士会で直接施設を作ることもできないので、NPOを別途立ち上げることになり、翌年のお芝居(パート10)では、マスコミも大々的に取り上げてくれて、さらに反響が大きくなりました。

 そして、平成16年6月にNPOカリヨン子どもセンターを立ち上げ、人も集まった、東京都(児童相談所)との協定書も締結したということで、シェルター「カリヨン子どもの家」が開設に至ったのです。

日本で初めて設立された施設だったそうですね。

 それまでに、海外の事件をあつかった際などに、現地のシェルターを実際に見せてもらったり、また、カナダのシェルタースタッフが来日したときには、お話を伺ったりもしました。それから、私は直接参加していませんが、アメリカで子どもの人権救済活動に携わる団体や施設の視察調査も行いました。そうした中で民間と行政が対等の立場で取り組んでいる事例を見て、設立への思いを強くしていったのです。そこで感じたのは、「福祉だけではできない」ということでした。各施設には必ず弁護士がいました。

 子どもを法的に守るということは、具体的には子どもの代理人として親権者との調整をしたり、損害賠償請求などを行ったり、また暴力団から子どもたちを守ったりすることです。これは民間だけではできないことです。私たちはそれまでにも、弁護士として子どもの問題に携わってきましたが、そこに限界を感じていました。

 逆に福祉の現場でも同じように限界を感じていたそうです。福祉と法律が一体となることで、そしてさらに医療(精神的ケアと身体的ケア)が加われば、総合支援ができる。またそれこそが子どもたちのために必要なことだったのです。

そもそも坪井さんはどのような経緯で子どもたちの人権を守る活動に携わるようになったのですか。

 いまでこそ、子どもたちを助けたいという目的を持って弁護士になる人が増えていますけれども、私自身は、大学は文学部の出身で、哲学を学んでいたんです。まったくの異分野ですよね(笑)。

坪井さん顔写真

 在学中に司法試験を受けて、卒業後に司法修習生になった。ちなみに当時は女子学生の就職は「超氷河期」といわれた時期でした。初めは法律事務所に所属して、その後なんとか独立をして…。弁護士法の第1条には「人権擁護を使命とする」と書いてあるのですが、人権を守る活動に自分が携わっているという実感には乏しかったかもしれません。そうこうしているうちに、昭和60年(1985)に東京弁護士会に「子どもの人権救済センター」ができました。初めは「子どもの人権110番」という電話相談で、翌年から、電話だけでなく面接相談を始めました。そのころは主に学校問題、つまり、いじめ、不登校、体罰などを扱い、そうした問題で弁護士が相談にのるという活動を始めたのです。ちょうど、いじめによる自殺が相次いでいた時期でした。そうした中で相談員募集のチラシを見て、子どもの問題だったら自分でもできるかもしれないと思ったのが、そして相談員になったことが、この道に入ったきっかけです。現実を何も知らないままでした。

 なってみてびっくりしました。こんなに子どもが苦しんでいる、傷ついている。現実を前にして、いろいろな事件に接して、弁護士として自分に何ができるんだろうという無力感を感じました。生きるか死ぬかというところにいる子どもに何もしてあげられない。これはとてもつらいことでした。

そうした子どもたちに私たちはどのように向き合えばよいのでしょうか

センター内の写真

カリヨン子どもの家で料理を作る子どもたち

 これは現在の「カリヨン子どもの家」のスタンスにもつながることですが、私たち弁護士、いや私たち大人にとって、ただ一つだけできることがあります。それは、傷ついた子どもと一緒にいて、その子たちの話を一生懸命に聞くということです。

 相談員としての私は、無力感に悩みながらも、それでも必死で彼らと一緒に考え、迷い、一緒におろおろしていました。そうしているうちに、やがて気付かされたのは、大人たちがなにかを解決してあげなきゃいけないっていうのは、単なる思い上がりだということでした。そもそも、解決してあげるという態度では、決して子どもは心を開いてくれません。もともと解決できないほどつらい状況だっていうのは、本人たちがいちばんよくわかってる。子どもたちは自分の話を聴いてくれて、一緒に考えてくれる存在がほしい。ただ、それだけなんです。

 たとえ、絶望を抱えた子どもたちに対して、なにもしてあげられなくても、その代わり「とにかくあなたには生きていてほしい」「そのままのあなたでいいんだよ」「ボロボロでも生きていけるんだよ」というメッセージを伝えます。それだけだったら、わたしにもできる。そして最終的には、自分たちの力で人間としての輝きを取り戻せるようになるためのお手伝いが、わたしたちの仕事です。

 「こんなに一生懸命、話を聴いてくれる大人がいるとは思わなかった」。そう話す子どもの背景には、いかにその子が孤独であったかという状況があります。それでも、そう言ってくれることは私たちのメッセージが伝わった結果だと受け止めています。子どもたちと対等なパートナーとして付き合うことを心がけながら、私たち大人もまた生きる力を分けてもらっている。励まされているんです。だからこの仕事はやめられないんですよ(笑)。

 わたしたちの施設は一つの通過点に過ぎないのですが、それでも巣立っていく子どもたちに対しては「担当の弁護士はあなたたちのSOSにはいつでも対応するよ」と伝えています。きちんと話を聴いてあげる大人がそばにいれば、子どもたちはちゃんと自分の力で立ち上がって歩いていくことができるのですから。

カリヨン子どもの家

カリヨン子どもセンターのしくみ図

 カリヨン子どもの家は、さまざまな事情により、生きていく上で困難を抱えた子どもたちが緊急避難できる施設で、日本で初めてできたシェルターです。平成16年(2004)6月、NPO法人カリヨン子どもセンターの設立と同時に開設されました。子どもたちはここで衣食住が保証された安全な生活を送り、その中でこれからの人生について落ち着いて考えることができます。

 運営は、専従職員とボランティアが毎日交代であたり、担当する弁護士は子どもたちのこれからの生活に何が必要なのか、その意志を尊重しながら相談にのります。家庭復帰、児童養護施設や自立援助ホームへの入所、自立を目指して働くなど、その後の子どもたちの進路はさまざまです。

 施設は一戸建てに個室が4つ。定員は4名。食事はスタッフの手作りで、子どもと一緒に作ることもあります。これまでに53名が入居。ほぼ1ヶ月から2ヶ月で子どもたちは行き先を決めていきます。

「カリヨン(carillon)」とは

メロディを奏でるために複数の鐘を組み合わせた装置のこと。そこには子どもたちの個性を尊重したいという意味が込められています。

自立援助ホーム

おおむね15歳から20歳までの子どものための自立援助ホーム。定員はそれぞれ6名。カリヨン子どもの家から巣立ち、新たな生活の場を求めて入居する子どももいます。子どもたちの就労準備から自立まで、スタッフは助言者であり共同生活者でもあります。

東京弁護士会 子どもの人権救済センター

子どもの人権110番:電話番号:03-3503-0110

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