東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第30号(平成18年6月6日発行)

特集

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子どもの人権 子どもと向き合う

現代社会は、快適で便利になった反面、子どもにとっては、過酷で暮らしにくい社会であると言えるかもしれません。少子高齢化や情報化など、社会環境の急激な変化。虐待、犯罪被害など、子どもを取り巻くさまざまな状況。こうした現状を前にして、私たちにできることは何でしょうか。子どもの人権とどう向き合うか。先達に学ぶことは、その最良のファーストステップです。今回の特集では、2人の人物にお話を伺いました。

PROFILE

顔写真

高見のっぽさん

 1934年、京都生まれ。戦時中は疎開先の岐阜県で過ごす。タップダンスの名手として世界的に有名なフレッド・アステアを尊敬し、当初はダンサーとして芸歴をスタート。後にNHK教育テレビ『できるかな』でノッポさん役を20年間務める。フジテレビ『ひらけ!ポンキッキ』ではシナリオライターを10年間務めたほか、映画『タンポポ』『青空に一番近い場所』には役者として出演。『できるかな』放送終了後は絵本・児童文学作家としても活動。“高見映”としての著書に『五歳の記憶』(世界文化社)など。“高見ノッポ”名義では『ノッポさんのえほん』シリーズ(世界文化社)をはじめ、多数上梓。2005年12月、NHK『みんなのうた』にて脚本・作詞・振付・演技・歌の5役を担当した『グラスホッパー物語』が好評を得る。翌年、DVD・CDで同曲をリリース。71歳にして“高見のっぽ”名義で歌手デビューを果たした。

ノッポ流“小さい人”とのつきあい方

幼児向け教育番組『できるかな』(NHK)のノッポさんとして活躍されてきた高見のっぽさん。ノッポさんは、敬意を込めて、子どもたちを「小さい人」と呼びます。永年に渡って子どもたちと接してきて、いま感じていることは何か。さまざまな“ノッポ流”の秘訣についてお話していただきました。

「小さい人」と接する時は自分が小さかった頃のことを思い出さなくちゃいけない。

30年間以上も子どもたちのヒーローとしてテレビで活躍されてきたノッポさんにとって、子どもとはどのような存在なのでしょうか?

 こんなことを言うとたいてい笑われてしまうのですが、ぼくは幼児期の記憶が鮮明に残っているんです。だから当時の大きい人たちが、ぼくを含めて小さい人をどのように扱ったかをよく覚えています。屈辱や悲しみ、怒りを感じたことも少なくありません。かといって、その頃のことを意識しながらぼくがいま小さい人と接しているかというと、ぜんぜんそうじゃない。覚えているからこそ、まったく意識しないまま接することができるんです。

 そして、これもよく笑われる話なんですが、ぼくの場合、頭のよさや直感力というのは5歳の時を頂点として71歳になるいままで、凋落の一途をたどってきているんです(笑)。もちろん成長していくにつれて悪知恵は身につきました。でも、おおもとの賢さはすでに5歳の時に持っていたんです。ぼくが敬意を込こめて使う「小さい人」という言葉は単に外見的・物理的な問題というだけで、内面の基本的なところは5歳も70歳もたいして変わりません。いまでもそのつもりで小さい人を見ていますから、ぼくはなんの苦労もなく彼らに敬意を払えるんです。

 ぼくが嫌いなのは「子どもの目線」というやつです。大きい人は「子どもの目線で物事を考えなさい」とよく言いますが、ヘタをすれば小さい人のほうが目線は高いかもしれない。そういう思い上がりにまったく気づかない人を、ぼくは認める気になれません。実際、上から見下したような態度で物を言う大きい人を、5歳当時のぼくは軽蔑していました。「そんなこと言われなくてもわかってるよ。馬鹿にするな」って。小さい人というのは、それくらい油断できない相手なんです。

その“小さい人”たちとは、どんなスタンスでつき合っていらっしゃるのですか?

 それなりのつき合い方をすれば、彼らは十分に応えてくれます。ぼくは初対面の4歳、5歳の人に向かって「あなたのお名前はなんですか?お聞かせ願いますか?」なんていう具合によく挨拶をしています。そうすると向こうでも「これはちょっと普通じゃないぞ。ちゃんとしなきゃ」と思ってくれます。本当は恥ずかしがりやでも、振り絞るような声でちゃんと答えてくれるんです。あと、70歳を越えたこんなおじいさんが、意識して小さい人に甘えることだってあります。すると向こうもちゃんとわかってくれて「はいはい、いまおじいさんは甘えたいんでしょ?」って応えてくれる(笑)。

 これがぼくの基本スタンスですが、不思議なことに向こうははっきりとこのおじいさんを認めてくれます。信用してもらえるから、すぐに友達になれちゃう。このことについては、ぼく自身、ちょっと得意に思ってることなんですよ(笑)。

 大きい人からは「それは誰にでもできることじゃないですよね」と言われることもありますが、そんなことはない。自分の小さい頃をよく思い出してごらんなさい。自分がどれほど賢かったか。大きい人に辱めを受けたような時、どれほど悲しかったか、あるいは怒りを感じたか。「そんな小さな頃のことは覚えていません」とおっしゃるかもしれない。だったら、もう少し年代を上げて中学生の頃、高校生の頃だっていい。たとえば服装のことを注意された時、頭ごなしに言われても、いい気持ちはしなかったでしょう。それより「ぼくもそういう時期があったけれど、どうも普通の服装にしたほうがいいんじゃないですかねぇ」と相談されるように持ちかけられたほうが、ずっと心に響くはずです。

 誰でも小さい人と接する時は、こうしてご自分の過去のことを振り返ってみる必要があると思うんです。覚えていないわけじゃなくて、みんな忘れてしまっているだけなんですから。

小さい人のためにも社会のルールを守るいい人でありたい。

「最近の子どもは変わってきた」とよく言われますが、ノッポさんはどういう印象をお持ちですか?

 4歳、5歳の頃は、誰でもきれいでかわいいものです。ただ、昔はもう少し成長した人も、まだかわいさを残していたのですが、最近はかわいさを失ってしまう年齢が早すぎます。なぜでしょうか? それは、わたしたちが悪いのです。

 大きい人は、小さい人に模範を示さなくちゃいけない。そのためにどれだけ愛情や責任を持って小さい人に接することができるかというのが問題なんです。ところが残念なことに、最近は大きい人たちが責任ある行動をとれなくなってしまいました。

  顔写真

 まったく関係ない話に聞こえてしまうかもしれませんが、ぼくはたとえ夜中でも、絶対に赤信号の時は横断歩道を渡りません。それは大きい人の責任だと思うからです。だって自分が平気でルールを破ってるくせに、小さい人に向かって偉そうに「赤信号では渡ってはいけません」なんて、とても言えないでしょう。だからぼくが小さい人になにかを言う時は、とても責任を持っています。そうすると、小さい人もぼくの言うことをちゃんと聞いてくれるんです。

 とにかく、小さい人のことを考えたら絶対に赤信号は渡れません。同じように、ゴミのポイ捨てもできない。それはみんな小さい人のため。そのためにも、ぼくはいい人でいたいんです。

お年を召されてから英語や手話、パソコンを始めたり、『グラスホッパー物語』では71歳にして初めて歌を披露するなど、いろいろな分野でチャレンジを続けていらっしゃいますね。

 まあ、番組の中でやらせてもらったものばかりですから(笑)。でも、ぼくが年をとってから思うのは『グラスホッパー物語』の中で孫たちに話しかける「若い時は二度と来ない。そしてあっという間に年をとる」という、まさにあの台詞なんです。だからこそ、孫たちに外の世界に目を向けるように促す歌詞を書いたのですが、あれは自分自身の反省から生まれたものでもあるんですよ。

 ただ、水泳だけは自分でも天才だと思います(笑)。ぼくはまったくのカナヅチで、50歳を過ぎてから水泳を始めたのですが、一年後には年代別選手権(50歳の部)で全国ランキング二位を取り、その半年後には世界選手権にも出場しています。周りからは、若い頃に水泳を始めていればオリンピックで世界記録を出していたのにね、と言われていますよ(笑)。

 それと『グラスホッパー物語』ではこの年で歌手デビューでしょ?プロデューサーは、よくぼくに話を持ってきたなあと思いますよね。じつにいい度胸をしています(笑)。ぼくにとってはまったく未知の世界ですから、これも立派な挑戦でした。あっちがいい度胸なら、こっちは「よし、じゃあやってやろうじゃないか」って半ばヤケクソでしたけれど(笑)。

 いずれにしても、人間ってどこにどんな素質や才能が隠れているのかわからない。水泳や歌への挑戦は、その証明になったと思うんです。それが自分の好きなことにマッチしていたら、こんな幸せなことはありません。だから小さい人も大きい人も、まずはなんにでもチャレンジしてみること。その姿勢が大事なんですよ。

グラスホッパー物語

NHK「みんなのうた」で昨年12月から放送され、ロングランと番組サイトへの検索件数で過去最高を記録した話題作。ノッポさんは作詞・脚本・主演・振付・歌の5 役をこなし、71 歳にして歌手デビューを果たしました!せつないメロディと、絶妙のクレイアニメで作られたこの作品でノッポさんが演じるのは、不思議なバッタのおじいさん。孫バッタたちを前に若き日の冒険を懐かしみながら、得意のタップダンスを踊り、歌います。

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