東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第29号(平成18年4月1日発行)

特集

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「コウレイシャカイは人ごとじゃねェ」-人気コミック「ヘルプマン!」に見る高齢者問題-

野球、サッカー、ボクシングといったスポーツの世界や、ロボット、SF、ファンタジーといった夢の世界。恋愛や学園コメディ。かつて漫画(コミック)は少年少女の理想やあこがれを反映させるメディアとして存在していました。その後1980年代にいくつかの青年誌が創刊されると、やがてコミックの世界にも大きな変化が訪れます。近年、青年向け作品でヒットした事例を見てみると、スポーツものなどを定番とすれば、それ以外に、ビジネス、医療、受験といった、社会的な分野に題材をとったものが数多くあります。また、例えば出産や育児といった特定の分野について、作者自身の経験を漫画化した作品なども、数多く世に出されています。一言でいえば、青年コミックは多様化の傾向を持ち続けてきたと言えるでしょう。
そうした中で、高齢者やその介護の世界を描くコミックが新たに注目を集めています。人気コミック「ヘルプマン!」(「イブニング」連載中)は介護の世界に飛び込んだ一人の青年を主人公とする作品です。特集2では、この作品を紹介しながら、そこに描かれた高齢者と介護の世界について、考えてみたいと思います。

「ヘルプマン!」のストーリー

コミック表紙

第3巻 講談社/イブニングKC

 18歳の高校生、恩田百太郎(おんだももたろう)は、ある日一人の「徘徊老人」と出会います。持ち前の好奇心と親切心で、その老人を施設に送り届けたことがきっかけで、介護の世界と関わるようになった百太郎は、しょっぱなから、身体拘束を「必要悪」だと言い切る施設職員と衝突。やがて、自らの進路として高齢者介護の世界へ足を踏み入れることになります。

 元気と好奇心にあふれる主人公が、立ちふさがる困難をはねのけ、直面する矛盾に悩みながら、成長してゆく姿を通じて、高齢者をめぐる様々な問題が描かれる。「ヘルプマン!」が描く世界は、現代日本の高齢社会のリアルな縮図であると言えるでしょう。

 「連載が始まったときには、こうした分野の作品が読者に受け入れられるかどうか、とても不安でした」「しかし、いまやその読者からの反響によって連載が支えられているといっても過言ではありません」作者の、くさか里樹(りき)さんは、このように語ります。

 単行本(現在5巻まで刊行)の裏表紙には、読者から寄せられた感想がいくつか紹介されています。「私たちの親や私たち自身の介護はどうなるのか、不安でいっぱいです」(47歳男性)「この作品は私たち介護に携わる者にパワーをくれました」(35歳女性)といった感想からは、この作品が支持される理由の一端が垣間見えるように思えます。

介護コミックの成立

コミックページ

第1巻 介護保険制度編
62ページより

 例えば、医者が主人公のストーリーであったとしたら、かつてならその天才的な手腕が、作品を成り立たせるための条件でした。難病や、事故等による生命の危機に立ち向かい、驚異的なメスさばきで患者や家族を絶望から救い出す・・・コミックの主人公はまさにそうした存在でした。しかし今では、登場人物たちは、医療の現場で悩み苦しみ、また患者に寄り添う(看護)ことを最優先するような人物設定へと物語は大きく変化してきています。

 高齢者介護の世界を描く作品が登場する前提には、こうしたコミックをとりまく状況の変化があります。つまり、読者をリードし、ひたすら夢やあこがれを描いていた時代から、読者とともにあり、時にはそのフィルターとなって、現実の社会そのものを描き出す手段、存在へと、メディアそのものが成長してきている証拠だといえるでしょう。

 単行本第1巻にまとめられている「介護保険制度編」は、認知症高齢者の介護がテーマになっています。続く第2巻は在宅介護がテーマ。その後は、介護虐待編(第3巻・4巻)高齢者性問題編(第4巻)と続きます。それぞれのストーリーの中で問題の発端から結末までが描かれていて、家族の心理や、高齢者施設における問題(過重な業務負担や待遇の問題など)、介護保険制度の実情といった、介護者が直面している現実もリアルに描写されています。もちろん、テーマによってはいわゆるハッピーエンドには至らないものもあります。展開の違いこそあれ、困難に直面し、疲れ果てた介護者たちの前に現れるのが、“ヘルプマン”(介護士)です。

コミックページ

第2巻 在宅痴呆介護編
132-133ページより

 在宅介護編(第2巻)では、認知症の男性・鹿雄と介護をする息子の妻・公子を中心にストーリーが展開します。義父の制御できない行動に悩み、家族の協力も得られず、過労で倒れてしまう公子。受け入れを拒否されたデイケア施設からの帰路、鹿雄の排泄行動をコントロールできず、「もう死んでしまいたい」と公子が途方に暮れていると、通りかかった百太郎がやおらシャツを脱いで介助をする。恐縮する公子を百太郎は次のように励まします。

 「オレだって… 今白い目で見てるやつらだって年取りゃみーんなおむつはいて人のお世話になるんです!」

 「お互い様なんだからでかい顔してりゃいいんすよ!!」

 介護虐待編では、息子による虐待を疑いながらも手をこまねき、関係する福祉機関が連携できる体制づくりが重要なのだと言い放つライバル役の介護士に対して、「その体制とやらはいつできる?」「それまであの家はどうなる…?」「オレ…まてねえよじいちゃんが殴られてるかもしれねェんだ息子だって地獄で悲鳴を上げてんだただの一日も待てねェ」と百太郎は啖呵を切ります。

 こうした台詞を通じて、読者が日常感じている素朴な疑問、憤りなどを代弁し、直接的な共感を得るところに、コミック特有のカタルシスがあると思われます。もちろん、例えば後者の虐待の問題の場合、介護者を含めたケアの体制づくりと、福祉機関等の連携が重要であることは間違いありませんし、現在の状況からいえば、まさにライバルの態度こそが正論なのでしょう。また、介護の現場を考えれば、最初に百太郎が衝突した、身体拘束を初めとした処置を「必要悪」として肯定しようとする空気があったことも否めません。しかし、この主人公の立場は、長い経験を積んだプロフェッショナルではなく、熱意だけは人一倍という駆け出しの“ヘルプマン”として設定されていますから、むしろ読み手にとって、心情的に共感しやすく、かつその感情を強烈にほとばしらせることが可能になるわけです。

コミックページ

第2巻 128ページより

 「コウレイシャカイは人ごとじゃねェんだ…誰だってコウレイシャになるんだ」。百太郎が、高齢者介護の世界に進むことを決断したときの台詞は、素朴ではありますが、我々が直面する高齢社会に対して、まずもって感じるべき覚悟と決意を見事にあらわしています。

 “いろいろなところで高齢者介護の問題は取り上げられているが、コミックで見るのがとてもわかりやすかった”という感想をいただくのが一番うれしいと、くさかさんは話しています。

 「連載を始めたころは、介護職にある方から、お手紙をもらうことが多かったのですが、最近は一般の方が多くなっています。高齢社会の中で、介護は人間関係が露わになる分、そこに純粋な人間ドラマが表現できる分野。わたしは、普通の人が人生の中で頑張っている姿を称えたい。描くことでそういう人たちを応援したいと思っています」(くさかさん)

 百太郎は介護の世界に登場したコミック・ヒーローでしょうか?と、くさかさんに尋ねたところ、「介護の世界では、介護に携わる人たちみんながヒーローです」「その人たちを助け、癒すために“ヘルプマン”は存在するのです」という答えが返ってきました。

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