東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第26号(平成17年6月1日発行)

特集

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外国人の人権

地域で共に暮らすために

 東京都の世論調査では、外国人の人権が尊重されていないと感じることとして、「就職・職場で不利な扱いを受けること」「アパートなどの住宅への入居が困難なこと」などに次いで、「地域社会での受け入れが十分でないこと」があげられています(1999年「人権に関する世論調査」)。一方、東京で暮らす外国人は、年々増加し、2004年には35万5千人。年間約300万人が観光やビジネスで東京を訪れています。地域において外国人を「受け入れる」というのは、どういうことなのか。2つの事例をご紹介します。

外国人旅行者に人気の宿

写真/フロントで会話するご主人と浴衣姿の外国人宿泊客

会話も弾む ―澤の屋旅館フロントにて―

 江戸の面影を色濃く残す、東京・台東区谷中。古い家並みの中に建つ、日本旅館「澤の屋旅館」は、外国人旅行者に人気の宿として、知られています。

 1968(昭和43)年築、鉄筋3階建て、和室12室の、どちらかといえばこじんまりとした家族経営のこの旅館が、多くの外国人に支持されている理由はどこにあるのでしょうか。

 ご主人の澤功(さわ・いさお)さんが、旅館の経営を義母から引き継いだ1970年代は、それまで数多く受け入れてきた修学旅行の団体客は、次第に数を減らし、その後、生き残り策として、ビジネス旅館を標榜した時期もありましたが、やがてそれも、増えるビジネスホテルに押され、ジリ貧に。

 宿泊客がゼロの日が続くこともあり、経営的に限界を感じた澤さんは、意を決して、以前外国人客の誘致を薦めてくれた、矢島旅館(新宿区)を見学に訪れ、その賑わいに目を開かされたといいます。すぐに、外国人客を積極的に受け入れていた旅館業団体に加盟し、1982年から外国人向け旅館としての営業を開始しました。

言葉の壁は、思ったほど高くなかった

 外国人旅行者の受け入れにあたって、真っ先に思い浮かんだのは、いわゆる「言葉の壁」。予約の段階から、宿泊客とのコミュニケーションに言葉は欠かせません。しかし、不安を抱いていた澤さんも、矢島旅館の接客を見て、「これなら自分にもできるかもしれない」と感じたといいます。 「切れ切れの単語でかまわないので、大きくはっきりと言うこと」「直接話すときには、相手の目を見て」「身振りや筆談を併用すること」など、経験の中で澤さんが体得した会話術は、いたってシンプルなもの。「最初は、子どもが使っていた中学校の教科書を見ながら、頭の中で文を組み立ててみましたが、なかなか通じませんでした。ところが、Wouldyou like breakfast?(朝食を用意しますか?)と何度言っても通じなかったのが、一言「Breakfast?」と大きな声で伝えたら、通じたんです」(澤さん)澤の屋には各国から旅行者が訪れるが、澤さんが使うのは、日本語とこうした英語のみ。宿泊客の方も、ゆっくりと、難しくない単語で用件を話すので、十分に会話が成立するそうです。

文化と習慣の違い

写真:棚に並ぶパンフレット

ロビーには多くのパンフレットが並ぶ

 一方で、苦戦したのが習慣の違い。澤の屋では、思いもよらなかった出来事が、次々と起こります。

 共同浴室の湯船の栓が、いつの間にか抜かれていたり、畳の上に濡れた洗濯物が敷き詰められていたり、トイレの床が水でびしょびしょにされていたりと、エピソードは枚挙にいとまがないほど。とりわけ困ったのが、浴室で用を足されたり、和式便器の周りに排泄物が残っていることでした。

 「アジアの人々にとって扉を背にして用を足すということが、怖くてできないということがわかるまでは、ずいぶんと思い悩みました」(澤さん)

 最初の頃は、こうした「事件」に遭遇するたびに、自信を失うことも多かったそうですが、やがて理解への転機がおとずれます。

 その一つのきっかけとなったのは、澤さん自身が海外旅行にいった時のこと。それは、外国の宿泊先で、日本人の客が、浴槽の外でシャワーを使い、階下に水が漏れてしまうという騒ぎを体験したことです。

 「これはうちで起きていることと、本質的に同じだと直感しました。そこには、いいとか、悪いとか、上下の関係はありません。習慣の違いを前提にして受け入れる方法を考えることが、接客の原点だと考えられるようになりました」と、文化や習慣の違いに気づき、受容できるようになった時のことを、澤さんは、振り返ります。

家族でのもてなしと、地域での受け入れ

 その後も、試行錯誤を繰り返しながら、澤の屋の宿泊客は着実に増えて行き、過去23年間で、のべ11万人。このうち、外国人旅行者は8割を超え、およそ80カ国に及んでいます。澤の屋成功の要因をたずねると、2つの点が考えられるという答えが返ってきました。

 「一つは、規模が大きすぎないファミリーラン(家族経営)である点。もう一つは、地域ぐるみで外国人旅行者を受け入れていること」。

 澤の屋に来る旅行者は、その多くが個人旅行。旅そのものが目的で、宿はその手段という割り切った考え方を持つ人が多い。とかく上げ膳据え膳を求める日本人客とはおのずと異なり、自然体で安心できる接客を求めています。リピーターからは、「家にいるようにくつろげる」という声もあるそうです。

 また、澤の屋では、夕食を提供しなくなってから、宿泊客に、谷中界隈の飲食店を記した手作りマップを提供したり、また、近隣の飲食店には英語表記のメニューを用意してもらうなど、地域ぐるみで外国人を受け入れるように努めています。当初は増える外国人に戸惑っていた街の人たちも、やがて積極的に関わってくれるようになり、いまでは、お花見やお祭りなどの地域のイベントに、澤の屋の宿泊客が参加している姿もめずらしくなくなりました。

 「なにか特別な対応をするのではなく、ありのままの街、ありのままの日本の暮らしに触れることを彼らは求めています。旅館単体ではできないもてなしも、街ぐるみでやれば可能になる」と澤さんは話します。

目黒でたのしく子育てを

 「女性にとって、妊娠・出産・育児は自分で解決しなければならないことが多く、なかでも、異国での初めての出産は大きな不安を伴います。これらに関する情報が1冊にまとまっていれば、見通しを立てることができ、目黒区での生活が楽になるのではないでしょうか」(まえがきより)

 多言語育児情報誌「目黒でたのしく子育てを」(目黒区国際交流協会発行)は、こうした不安を少しでも取り除き、育児に関する情報を、地域で暮らす外国人に向けて発信していくことを目的に作成されたものです。

 2004年現在、東京都内に住む登録外国人はおよそ35万人。人口の3%はいまや外国人という時代です。都心部では、この割合はさらに高くなり、新宿区や港区では、10%に近いという状況です。

 こうした状況に対応して、各区市町村では、住民登録をする外国人への対応窓口を設けるほか、さまざまな生活情報を提供するための工夫をこらしています。そのなかでも、冊子のかたちで発行される生活ガイドブックは、行政サービスや日常生活を送る上での必要な情報が掲載されており、比較的ニーズの高いアイテムとなっています。

日常生活に必要な情報を

冊子表紙とページ  「目黒でたのしく子育てを」は、目黒区国際交流協会の助成を受けて、ボランティアグループ「多言語育児情報誌をつくる会」が実際の編集にあたり、2002年に初版が発行されました。

 企画・編集に携わった石原弘子さんは、目黒区内でボランティア日本語教室「にほんごの会くれよん」を主宰し、その活動を通じて、育児情報の必要性を感じていたといいます。

 「夫婦で来日したとしても、夫が仕事を通じて色々な人と交流できるのに対して、その妻や子どもは、最初は近所付き合いもむずかしく、情報に接する機会が乏しいのが実情」で、とくに出産や育児の問題は、外国人でなくても悩みがつきもの。「外国語が通じる病院はどこか?」「ベビー用品を安く手に入れるには?」「子ども連れで出かけられるレジャー施設を教えてほしい」など、さまざまな質問が、日本語教室の参加者から寄せられていたそうです。

 「行政が提供する情報は、地域で生活する上で基本となるもの。これに、日常生活に必要な情報をプラスすれば、よりきめの細かい育児情報が提供できるはず」と、石原さんは考えました。
 そこで、目黒区が提供している子育て情報をベースに、より詳しい情報を集め、日本語教室などで交流のあった人たちに翻訳や編集を依頼。利用しやすい病院、健康保険、予防接種、保育施設、リサイクルショップ、公園マップ、日本の育児の風習、先輩ママのアドバイスといった項目を設け、英語・中国語・タガログ語・ハングルの4つの言語で記されたものを、それぞれ一つの冊子にまとめました。右側のページには日本語を併記し、日本人にも相談しやすい工夫がしてあります。

 「個別の情報が記載されたリーフレットだと保管が難しく、また1冊にまとめたパンフレットでも、あまり薄くてコンパクトだとなくしてしまう」「信頼感のあるこの1冊という形にするためにも、ある程度の情報量が必要だと思います」(石原さん)

 石原さんのもとには、「“引きこもっていないで公園や児童館で思い切って声をかけてみましょう”というアドバイスに、勇気をもらった」といった声が寄せられているそうです。

 2002年に出された冊子も、いまでは改訂版が出されており、その反響の大きさをうかがわせます。現在、内容を更新した第二版を企画する一方で、「多言語子育て情報」のホームページも設けられ、新しい情報の発信に力が注がれています。

 今後の展開としては「新規項目として“友だちをさがす”というページを設けたり、体験談やアドバイスを各項目ごとにのせて、情報の有効な活用方法も提供できるようなものにしていきたいですね」と石原さんは話しています。

澤の屋旅館
外部サイトへ移動しますhttp://www.tctv.ne.jp/members/sawanoya/
多言語子育て情報
外部サイトへ移動しますhttp://home.e08.itscom.net/kosodate/

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