東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第26号(平成17年6月1日発行)

特集

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多様な個性が共存し合う世界 それが民族音楽の原点です。

本号のゲストは、アジアを中心に世界の民族楽器を弾きこなす民族音楽研究・演奏家の若林忠宏さんです。さまざまな国や民族に伝わる、さまざまな音楽や楽器は、それ自体の音色とともに、それぞれの文化や歴史まで一緒に奏でているように感じます。そこで今回、若林さんが主宰している音楽教室「民族音楽センター」をお訪ねし、多種多様な民族音楽と民族楽器の魅力、そしてご自身の音楽遍歴についてお話を伺いました。

PROFILE

若林忠宏さんの写真

若林忠宏さん

1956年、東京生まれ。中学生の頃、ラジオ番組で民族音楽と出会い、その後独学でインド音楽を始める。1978年、日本初の民族音楽ライブスポットを吉祥寺に開店。1980年、民族音楽教室(現・民族音楽センター)を同じく吉祥寺に開設。インド国立音楽院に学んだほか、シタールから三味線まで、世界各地、100人を超える師匠に師事、約900種の楽器を演奏、2500点以上の楽器を所有する。現在は民族音楽センターを通して演奏活動や楽団育成、入門者の指導にあたるほか、高校音楽教員への指導、東京音楽大学付属民族音楽研究所で指導する傍ら、各地で講演を行う。また、テレビ・ラジオ出演をはじめ雑誌取材・掲載なども数多い。著書に『もっと知りたい世界の民族音楽』(東京堂出版)、『民族楽器を楽しもう』『アラブの風と音楽』(ヤマハ・ミュージック・メディア)『世界の師匠は十人十色』(同前)など多数。

世界各国・多種多様な“音楽の心”と共鳴する感覚がなにより楽しい。

若林さんが初めて民族音楽・民族楽器と出会った時のことについて聞かせてください。

 中学2年生の頃、FMラジオで耳にしたインドのシタールという楽器の音色が、民族音楽との初めての出会いでした。ただ、そのときは、シタールの音色を聴いて感動したというわけではなかったんです。正直言ってなにがなんだか、わけがわからなかった。イントロも、サビも、間奏もないその音楽からは、「なんだかお経みたいだな」という印象を受けたくらいです。だから知的好奇心でしかなかったんでしょうね。言ってみれば「怖いもの見たさ」のような感覚でした。

 それからは、図書館でシタールの写真を探したり、楽器のボディがカンピョウでできていることを知って、知り合いの人にカンピョウを送ってもらい、自分で楽器を作って演奏したりしていました。

 ある日、母が「新宿の民芸品屋さんでシタールが千円で売ってるよ」と言うので「じゃあ、ぜひ買ってきて」って答えたんです。それで楽しみに待ってたら、買ってきたのはぜんぜん別の楽器(笑)。シタールの弦は20本くらいありますが、こっちはたったの1本で、大きさもずいぶん違います。でも、これは西インドのパンジャブ地方に伝わる<エークタール>という立派な民謡楽器だということが、あとになってわかりました。もちろんいまも大事に持ってますよ。

現在、約2500点の民族楽器を所有し、約900種類の楽器を弾きこなすそうですが、実際はどのようにして興味や関心の幅が広がっていったのですか?

 私が民族音楽を始めた頃は、周りに演奏家もいませんし、レコード屋さんに行ってみても、置いてあるのはせいぜい1枚か2枚。マルチプレーヤーを目指したわけでもなく、いっしょに演奏してくれる人に教えたりしながらやっていたら、弦楽器、打楽器、さらには管楽器と、おのずと幅広い楽器の心得が必要になりました。

 ですから、どうしてこんなにたくさんの楽器に手を広げてしまったのか、自分でも本当の理由というのは良く分からないんです。あえて、そこに説明を加えると、それはインド音楽からこの世界に入ったことが大きいと思います。

 インドはアジアのど真ん中。国土はすり鉢状で、多民族国家です。音楽一つをとっても、民謡、古典音楽、ヒンドゥー寺院音楽、イスラム宮廷音楽と、じつに雑多な様式が混在しています。だから自分の中で「インドというのはいったいなんだろう」となりました。それは単純に一つのアプローチでは、とても理解できそうにない。インドだけにのめり込んでも、逆にインドのことがわからなくなってしまうんです。だからお隣のパキスタンの音楽と比較してみる。同じようにミャンマーと比較してみる。さらにネパール、アフガニスタン、ウズベキスタン、中東の国々と、どんどん周辺の国々へと興味を広げたことで、だんだんインドのことも見えてくるし、合わせて他の国も見えるようになる。そうやって幅を広げていくと、いろんなことを発見できる楽しみがあります。

 逆に、インドのことわざには「二つの舟には乗れない」というのがあって、一つの楽器ですら一生かかっても足りないのに、シタールだけでなくタブラ(太鼓)までやるのはおかしいともいわれます。それどころか、私の場合、他の国の楽器にまで手を広げているのですから。ただ、自分としては、例えばその国の音楽のアンサンブル編成が、5種類の楽器でできるのなら、その5種類を日本で同時に鳴らしてみたいという気持ちが強い。それらすべてを学ぶことでしか見えてこない真実だってあると思うんです。

 やっぱり、説明としては難しいんですけれども、最近よく考えるのは、音楽様式の違いはことばの違いのようなものではないか、ということです。

 これは、外国語に限らず、日本の方言の存在について考えてもらってもいいのですが、ことばは違ってもそれぞれのことばの奥にはちゃんと伝えたい心があるように、音や音楽の奥にも心がある。その“音楽の心”と自分の中の深いところにある核のようなものがふれあう感覚にこそ、私が音楽を続けてきた理由があるのではないかと思います。

 核になるものが自分の中に、一つしっかりと存在していれば、楽器や様式の違いというのはそれぞれまったく別のものではなく、核の部分から伸びている枝葉であると受け止めることができるはずです。たくさんのものを自分の中で一つにしようというのではなく、言ってみれば「一つがたくさんになる」感覚ですよね。わたしの中ではすべてがつながっているんだ、と。核に対する枝葉であれば、それはできるだけたくさんあったほうが面白いし、楽しいし、温かい気持ちになれる。世界にいろんな種類の音楽があるっていうことは、そのこと自体が素敵なこと。それが人間であり、世界であるのではないでしょうか。

若林忠宏さんの写真

TADAHIRO WAKABAYASHI

最近では、小学校などに出向いて、子どもたちと民族楽器を演奏する機会も増えてきているようですが。

 子どもたちにとって、じかに民族楽器に触れるというのは大事ですね。楽器には、独特の肌合いがありますから。また、民族楽器の音色は、科学的にいうと「倍音」が多いんです。一つの音が出るときに、楽器のいろんな部分が共鳴して、多くの無駄な音が出るということですね。

 西洋楽器は、それをなくしていく方向に発達しているので、研ぎ澄まされた、選ばれた音を出します。それを聴かされると、いろんな答えが出ますよね。大好きっていうのと、そんなでもないというのと、嫌いっていうのと。それに対して、民族楽器は、無駄ともいえる音が多い。一つの音にこんな音やあんな音が混じっていたりする。そういう音に対しては、子どもたちも安心するんでしょうね、本能的に。それを生で聴く機会が、早い時期にあれば、そのあと、趣味や興味や、ライフワークを選ぶときに、少しは豊かな気持ちになれるんじゃないかという期待はあるんですよ。

「民族音楽センター」の教室の雰囲気に触れるだけでも、世界には多様な文化があるということがわかりますね。

 面白いのはコンゴ人がここ(「民族音楽センター」の教室)に来て「懐かしい」と言ったんです。また別の日にキューバ人が来た時もやっぱり「懐かしい」と言う。さらにインド人も「懐かしい」と、みんな口をそろえて同じことを言うんです。深読みかもしれませんが、彼らのいう「懐かしさ」というのは、自分が生まれた故郷のことをイメージしているように思えます。音楽家としてはエリートで、都会や外国へ出てきている彼らも、初めて音楽に触れた故郷の風景というものが、間違いなく音楽的な原点になっているわけです。そういうことを踏まえると、この教室には民族音楽の原風景である“雑多な世界”があるんだと思います。だから彼らが異口同音に「懐かしい」と口にしたのは、この教室の雰囲気と彼らの原風景のイメージが重なり、それぞれの生まれ故郷を思い出したからなんじゃないかと思えてなりません。

母国への思いに応えられないような中途半端な演奏では拍手すらしてもらえない。

現在、東京にはさまざまな国籍の外国人が数多く生活していますが、音楽を通して彼らと触れ合ってきた経験について聞かせてください。

 たとえば駅のホームや電車の中で外国人を見かけた時、こちらから近寄っていって「どこの国の方ですか?」と気軽に声をかけたりするんです。仮に相手がガーナ人だったとすると「わたしはガーナのこういう音楽が好きですよ」って話すと、たいてい向こうはびっくりしますよね。そこでいろいろ話をして、後日訪ねていって歌を教えてもらったということも少なくありません。だからわたしの民族楽器の「師匠」は有名なミュージシャンだけではなく、そういった名もない人々がけっこう多いんです。

 母国を離れて日本で生活している外国人は、かなり強いホームシックにかかっていることが多い。だから母国に住んでいる人たちよりも、むしろ母国の伝統音楽が好きな人がたくさんいるんです。たとえばわたしがインドに行って現地でインドの民族音楽を演奏するような時は、物珍しさも手伝って、わりともてはやされたりするんです。ところが在日のインド人の前で演奏する時は、彼らの思いに応えられないような中途半端な演奏では、拍手すらしてもらえない。だから日本に住む外国人の方々のほうが、現地の人々よりも点数が辛いんです。

それでも外国人に受け入れられている若林さんの演奏というのは、いったいどういうものなんでしょう?

 わたしは楽器を手にして10分ぐらいで変わります。逆に、30年やってきたシタールでさえ、最初の10分は調子に乗れない。じゃ、なにがわたしを変えるかというと、楽器の「音」や「感覚」です。わたしは指がかなり敏感なので、指先から伝わってくる感覚、そして耳から伝わってくる音で、だんだんその楽器が自分の中に入ってくるんです。たとえばシタールを弾いていると、いつのまにかインド人になっていて「あなたの一番好きな音楽は?」と聞かれたら「インド音楽です」と答えてる。ベトナムの楽器だったら「ベトナム音楽って力が抜けてていいよね」って答えてる。そうすると「インド音楽って辛気くさいよね」とか(笑)。「ラテンは浮かれすぎだよね」とかね。

 普通、ミュージシャンというのはまず自分ありきです。自分の音楽性があって、いままで積み重ねてきた訓練のものがあって、それで楽器を通してお客さんに発信するという順番。ところが、わたしの場合は自分があまりない。音楽性といった意味では、アイデンティティさえもない。ただ、そこから出てくる音は、意外に外国の人に喜んでもらえるんです。アフリカの楽器を演奏している時はアフリカが憑依しているわけですから、アフリカ人がほめてくれる。アラブの楽器ならアラブ人がほめてくれる。インドの楽器ならインド人がほめてくれる。

 だから、仮にインドの楽器を演奏している様子を特殊なサーモグラフィを通して見ることができたら、楽器を持った指先から、ぐーっとインド色に変わっていくと思います(笑)。楽器から染まっていくみたいに。だからわたしは自分を「民族音楽カメレオン」って呼んでるんです(笑)。

 それから、数多くの楽器を演奏するといっても、やっと音が出せるようになったものもありますから、これからも、さまざまな色に染まりながら、もっともっとたくさんの楽器を弾きこなせるようになったら、幸せだと思いますね。

写真:楽器が並ぶ部屋に座る若林さん

表紙の写真: 愛器のシタールを構える若林さんと愛猫のチャメ

民族音楽センター

ファックス
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E-mail
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