東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第25号(平成17年4月1日発行)

特集

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失われたつながりを取り戻し、共に生きること それが「スローライフ」です。

中南米の森に棲むナマケモノという動物の低エネ・循環型・共生・非暴力の生き方にこそ持続可能な社会や暮らしのヒントがある
こうした理念のもと、環境=文化NGO「ナマケモノ倶楽部」は環境問題や先住民問題に関心を持つ人々を中心に立ち上がりました。そこで今回は「ナマケモノ倶楽部」の世話人を務める辻信一さんに、ナマケモノの生き方や「スローな生き方」に込められた意味、そして今年で3回目を迎える「100万人のキャンドルナイト」などについてわかりやすく語っていただきました。

PROFILE

辻信一さんの写真

辻 信一さん

文化人類学者、環境運動家。明治学院大学国際学部教授。「100万人のキャンドルナイト」呼びかけ人代表。NGO「ナマケモノ倶楽部」の世話人を務めるほか、数々のNGOやNPOに参加しながら「スロー」というコンセプトを軸に環境=文化運動を進める。ナマケモノ倶楽部を母体として生まれた(有)スロー、(有)カフェスロー、スローウォーターカフェ(有)、(有)ゆっくり堂などのビジネスにも取り組む。著書に『スロー快楽主義宣言!』(集英社)、『スローライフ100のキーワード』(弘文堂)、『ピースローソク』『スロービジネス』(ゆっくり堂)、『スロー・イズ・ビューティフル』(平凡社)等多数。

ナマケモノの生き方には現代社会が失ってしまった「循環型の暮らし」がある。

ナマケモノという動物の生き方、そして「ナマケモノ倶楽部」という名前に託した意味などを教えてください。

 ミツユビナマケモノは中南米に棲む熱帯雨林の動物です。私が南米で環境活動をしていた時、森の中でたびたび遭遇していたのですが、ナマケモノは森が破壊されると、どんどん生息地を失っていく。そこで最初の頃は「森を守れ」「ナマケモノを守れ」といったような活動をしていました。

 じつはそれまでナマケモノは多くの人にばかにされてきたため、最近まであまり生態が知られていなかったんです。客観的であるべき生物学者も、この動物を蔑んでいるところがありました。「あなたの専門はなんですか?」と聞かれて「ナマケモノです」なんて言いたくないという(笑)。とにかくいろんな偏見があり、いつのまにか「動物の進化史上の失敗例じゃないか」とさえ言われるようになりました。

 ところが、この動物について調べていくと、だんだんすごいことがわかってきたんです。たとえば筋肉が少ないから動作がとてもノロい。でも逆に言えば、それは省エネを体現しているわけです。また、ナマケモノの排泄行動は一週間に1度くらい。食物をゆっくりとお腹の中で醗酵させながら消化するためです。しかも排泄の際、不思議なことにわざわざ木の根元に降りてくる。これは危険な行動です。地上にはいわゆる天敵がいっぱいるから、見つかったらひとたまりもない。ですから「どうしてそんな危険な行動をとるんだ」と、これまた「バカな動物だ」と嘲笑されてきたわけです。

 ただ、それを生態学的に調べていくと、これはジャングルの生態に非常に見合った行動ではないかと考えられるのです。熱帯のジャングルはものすごく木が生えているから土が豊かだと勘違いしがちですが、じつはとても貧弱なんです。熱帯の木のほとんどは表面にしか根っこを持っていない。そこでナマケモノが木から降りてきて根元で排泄をする。しかも穴を掘って排泄して葉っぱをかけておく。そうすると確実に栄養がその木に帰っていくんです。木からもらった栄養を、ちゃんと同じ木に帰して養っている。まさに「共生」です。僕たちが「循環型の暮らし」とか「共生」とか言っているのも、結局はこういうことじゃないでしょうか。

 こうしていろんなことがわかってくると「ナマケモノを守れ」なんて言ってる場合じゃなくて、どうやら僕たちがナマケモノに「なる」必要がある。そして世界で初めて動物を「守る」運動から動物に「なる」運動を始めたというわけです。これが「ナマケモノ倶楽部」の運動の発端でした。

「スロー」な生活とは <つながり> を取り戻し <共に生きる> こと。

ナマケモノ倶楽部の基本コンセプトである「スロー」が意味するものについて詳しく教えてください。

 たとえば「ファースト」と「スロー」という選択肢があって、我々はいつも「スロー」を選ぶという話ではありません。あまりにも価値観が偏った世の中で、僕たちが忘れかけている価値をもう一度思い起こしたいということなんです。だからスローというのは単に「ゆっくり」という意味じゃない。日本語に訳す時、僕は「つながり」だって言います。現代社会のように速さや効率化をどんどん進めていくと「つながり」が邪魔になってくる。気が付いたら家庭的なつながりや友人関係、隣近所の付き合いなど、僕たちが生きて行く上でものすごく大事だったものまで失ってしまった。だから「スローダウンしよう」って僕が言うのは、失ったつながりをもう一回見直して、取り戻そうということなんです。

 それから「スロー」のもう一つの意味は「共に生きる」ことです。いまの子どもたちを見てください。年がら年中、テストをやる。小さい時から「競争、競争」です。なぜそんなに競争をさせるのか?「競争させないとナマケる」というわけです。でも本当にそうなのか。僕は文化人類学を専門に研究していますが、競争がないと成り立たない社会なんて歴史的に見てもまずありません。それどころか、競争一辺倒の社会というのは長続きしないと思います。むしろそれぞれの社会の最大の知恵は、どうやって「共に生きる」のかというところから生まれると思うんです。人間が人間らしく生きるためには「共に生きて」いく必要がある。僕だけじゃ生きられないですから。

 「人権」というのも結局はそういうことだと思うんです。どんなふうに「共に生きて」いくのかっていうこと。そして「共に生き」ようと思えば自然に「スロー」になるんです。だって「共に生きる」には相手がいるでしょう。相手には相手のペースがある。こっちにはこっちのペースがある。待たなきゃいけないし、待ってもらわなきゃいけない。そうすると自然にスローダウンするんですよ。二人三脚と同じで、足を結んだとたんに遅くなる。息が合わなくちゃいけない。だから「共に生きる」っていうことは時間がかかるし面倒くさいことです。幼い子ども、お年寄り、病気の人、障害を持った人。そういう人たちは、いわば独特の「遅さ」を持っていますよね。「遅さ」を持っているから、加速するこの世の中では、ある種の生きづらさを感じている。だから、僕らは考えてみる必要があると思うんです。そういう「遅さ」を持った人たちが生きづらい世の中は、自分にとって果たして生きやすい世の中なのかっていうことを。

スローな生活を実践するためには、どんなことに気を付ければよいのでしょうか。

 たとえば僕は「動詞をもっと大事にしよう」と言っています。どうも女性にくらべて男性は「名詞」を好むようです。しかも漢字や横文字を使った名詞。女性のほうは、まだ「動詞」に近いところで生活している気がします。その暮らし中の「動詞」で僕たちが最も大事にしなくちゃいけないのは、もちろん「食べる」ことです。

ナマケモノを抱いている辻信一さんの写真

SHINICHI TSUJI

 スローライフや環境運動、地球温暖化と言われてしまうと問題が大きすぎて「私なんかになにができるんだろう」なんて無力感を感じてしまうわけですけど「食べる」ことをちょっと変えるだけで、自分も変わるし世界も変わると思うんです。

 食べるということは、生き物の命をいただいて自分の命を養う行為。だから食べる場は「つながり」の場所なんです。たとえば食卓に乗ってるほうれん草は、どこかの土の中に棲んでいる無数の微生物たちが育て、それを傍らでじっと見守っていた農家の人がいて、それを運んでくる人がいて、料理する人がいて、そしていまこうやって共に食卓を囲んでいる人たちがいるわけです。昔だったら神棚や仏壇に、自分が食べるものと同じ物を供える。つまり一見ここにはいない「過去」とつながる。さらにまだ僕たちが出会ってない「未来」にもつながっている。「文化」とは、そういう豊かな仕組みだったと思うんですよ。

 それがいまはどうでしょう。食卓にはテレビがドーンと君臨してる。僕はゼミの学生たちに「スローライフの入門として、君たちはまず食事の時にテレビを消すこと」なんて言うと、みんな下を向く(笑)。全員が食事中、テレビをつけっぱなしなんです。それで僕は「それって貧しいでしょ」「テレビ消そうよ」と言うと「でも先生、気まずい沈黙が」って言うんです。もう、テレビを消しただけで気まずい沈黙が流れるような恋人とは別れたほうがいいんじゃないかと(笑)。そんな家族は解散したほうがいいんじゃないかなんてことも思うんですけど(笑)、こうした現状は世界の中でも日本が群を抜いているんじゃないでしょうか。

 いずれにしても、過去や未来とのつながり、自然界とのつながり、人間同士のつながり……「食べる」という場面を大事にできたら、僕たちの環境問題のかなりの部分を解決できるんじゃないだろうかって思うくらいです。

電気を消すことは「我慢」じゃない。じつはそこに豊さがある。

ナマケモノ倶楽部などが中心になって呼びかけている「100万人のキャンドルナイト」は、今年の6月21日(夏至の日)で3回目を迎えます。そこでまず「電気を消す」「ロウソクを灯す」という行動の意味について教えてください。

 電気を消すっていう行為を、僕たちはいままで「省エネ」とか「電気代の節約」というような貧しい言葉でしか語れなかった。でも、環境問題について取り組むっていうことは、そんなケチな話じゃないと思うんです。もっと僕たちが人間として大事にしたいような価値を取り戻すことなんです。

 さっき話した「食べる」という場を考える時、僕はついでに電気を消しちゃおうって言うんですよ。それでロウソクを灯そう、と。食卓でロウソクを灯して、大切な人たちと食事をする。すごく単純なことですが、これだけで3つのすごいことが起こります。まず「共に食べる」。次に「輪になる」。向かい合うっていうこと。最後が「火を持つ」「火を囲む」こと。ご存じのように、人間は火を持って初めて人間になった。そして輪になって、あるいは向かい合って、共に食べる。これを人類の歴史の中でずっとやってきた。それを僕たちは、ほんのこの数十年の間に、どうでもいいこととしてゴミ箱の中に捨ててしまっているんです。

 欧米では、まだこうしたことにこだわっている人たちがいっぱいいるんです。「ファーストフード」に対して「スローフード」という言葉が、たまたまイタリアから始まりました。そこにはいろんな意味がありますが、僕はこういうことだと理解したいんです。だから「なにを」「誰と」「どう」食べるか。平和や人権、環境というのは、そこにかかっていると言ってもいいんじゃないかと思っています。

 電気を消すっていうと一見禁欲的ですが、そうじゃない。電気を消してみてください。じつはそこに豊かさがある。楽しさがある。美しさがある。そういうことがわかると思います。

これから先「100万人のキャンドルナイト」は、どのような方向に進んでいくのでしょうか。

 一つ断っておく必要があるのは、本来キャンドルナイトは特別なイベントなんかじゃないということです。ある時、参加してくれた人が連絡をくれて「もう素晴らしかったです。来年もよろしくお願いします」って言うんだけど、僕は「今晩またやってください」って言いました。なにも来年まで待たなくてもいい、と(笑)。

 そういうことなんですよ。今日、今晩、どう過ごすのかっていうこと。とても簡単なことです。でも、その小さな出来事をやる前の自分と、やった後の自分は違う。自分が違うっていうことは、世界が小さく変わったということです。だから6月下旬まで待ち切れない人は、どんどんやってください。毎日でもいいから、と(笑)

 ただ、イベントとしてあの場所が素敵なのは、普段から電気を消している人も、その時に初めて周りを考えるわけです。沖縄でもやってるのかな、隣の家でもやってるのかな、と。たくさんの「つながり」の中の自分をふっと思う。そういう場なんです。

 今年は海外向けにホームページを作ったり、ニュースレターを作ったりしてどんどん発信しています。ですから今後は「競争社会」とか「経済大国」といったイメージが付きまとう日本が、じつは「こんなにスローで安らぎに満ちていて平和な社会なんだよ」っていうことをわかってもらえるように、少しずつこのイベントが成長していってくれたらうれしいなと思ってます。

電気を消してスローな夜を

夜の町に光るキャンドルの列の写真

私たちは100万人のキャンドルナイトを呼びかけます。

2005年の夏至の日、6月21日夜、8時から10時の2時間、みんなでいっせいにでんきを消しましょう。

ロウソクのひかりで子どもに絵本を読んであげるのもいいでしょう。
しずかに恋人と食事をするのもいいでしょう。
ある人は省エネを、ある人は平和を、
ある人は世界のいろいろな場所で生きる人びとのことを思いながら。

プラグを抜くことは新たな世界の窓をひらくことです。

それは人間の自由と多様性を思いおこすことであり、
文明のもっと大きな可能性を発見するプロセスであると私たちは考えます。

一人ひとりがそれぞれの考えを胸に、
ただ2時間、でんきを消すことで、
ゆるやかにつながって「くらやみのウェーブ」を
地球上にひろげていきませんか。

2005年の夏至の日、6月21日夜、8時から10時の2時間、
でんきを消して、スローな夜を。

外部サイトへ移動します100万人のキャンドルナイト http://www.candle-night.org/

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