東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第23号(平成16年9月1日発行)

特集

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高齢者たちが心の底から望むもの。 それは「家族の絆」です。

空前の高齢社会を迎えた現代、日本人の老い方、そして死に方を世に問うひとり芝居「お静の雪」。この舞台を演じる白石奈緒美さんは女優業のほか、夫の中島力さんが発行人を務めてきた介護福祉の月刊誌『高齢社会ジャーナル』前編集長としての経歴をお持ちです。そんな白石さんに、中島さんにもご同席いただき、各地への取材活動を通して感じた高齢社会の現状や問題点、今秋開催予定の、当センター主催「お静の雪」公演にかける想いなどについてうかがいました。

PROFILE

写真:白石さん

白石奈緒美さん

カナダ・バンクーバー生まれ。武蔵野女子大学国文科を卒業。1955年、TBS放送劇団第4期生となり、1957年、東宝に入社。おもな出演作は「愛のコリーダ」「天保水滸伝」「雪華葬刺し」「あ・うん」「鬼平犯科帳」「必殺仕事人」「御宿かわせみ」など。著書に『折々に女は美しい』(講談社)、『すてきなキッチンの仲間たち』(PHP研究所)、『高齢福祉のリーダー21の発言』(筒井書房)など。日本俳優連合監事、月刊『高齢社会ジャーナル』前編集長、NHK文化センター八王子教室朗読講師。舞台出演も数多いが、近年は夫の中島力さん書き下ろしのひとり芝居「お静の雪」の公演を精力的に行っている。中島さんは、テレビ朝日で「徹子の部屋」、「暴れん坊将軍」、「西部警察」などのヒット番組を企画制作してきた名プロデューサー、退職後「高齢社会ジャーナル」の発行など、高齢社会問題に取組んできた。ペンクラブ会員。

電話口で泣き叫んでいたおばあちゃんが忘れられない。

白石さんが高齢社会に関心を持たれたきっかけはなんだったのでしょうか?

 私の場合、もともと「高齢社会」という言葉をつかうほど大袈裟なものではなく、単純にお年寄りが大好きだっただけなんです。じつは結婚する前の晩まで、祖母と同じ布団で寝ていたくらいでしたから(笑)。

 とにかく昔からお年寄りが持つ穏やかな感覚が大好きでした。それはいまの世の中でよく言われる「お年寄りを大事にすべき」といったように頭で考えるものではなく、幼い頃から祖母と一緒に住んでいたことで皮膚に染みついた感覚なんだと思います。

 そんなふうにして育ってきたわけですから、主人が私財を投げ打って『高齢社会ジャーナル』という介護福祉の専門誌を立ち上げると聞いた時は……、反対しました(笑)。

 理由は経済的な問題です。当時、主人はあともう少しで定年を迎えるところだったので、どうしてそれまで待てないのか、と(笑)。

 もちろん、困っている多くの高齢者をなんとかしたいという主人の想いはよくわかりましたし、実際に自分も編集作業に関わることで少しはお役に立てたと自負していますので、いまでは本当にこの情報誌を作ってよかったと思っています。

 そもそもこの情報誌を立ち上げたのは、ちょうどその頃、主人がテレビ朝日福祉文化事業団の事務局長を務めていて、多くのお年寄りと接していたことがきっかけでした。その後、施設に入所している寝たきり老人の方々などと接するにつれて「自分にもなにかできないだろうか?」と考えるようになったそうです。

 今ならインターネットなどで、一般の方でも簡単に情報が入手できますが、17年前の当時、介護福祉専門の情報誌など皆無といった状態でした。

 そこで、一般の人々にも介護福祉関連の情報を届けたい、とにかく少しでも多くの方に現状を知ってもらいたい、そんな想いから『高齢社会ジャーナル』は生まれました。

 現在は、主人も私も、高齢者の仲間入りで、個人で発行を続けていくことが難しいとおもっていましたところ、幸いこの事業の趣旨をご理解いただき、協力してくださる会社がございまして、17年の長きに渡って続けてきた甲斐があったと喜んでおります。

『高齢社会ジャーナル』の取材活動を通じて、どんなことをお感じになりましたか?

 『高齢社会ジャーナル』には私も編集長として参加させていただくことになり、北は北海道から南は沖縄まで全国各地の特別養護老人ホームを取材して回りました。その際、施設ごとに驚くほど格差があったことは強く印象に残っています。

 たとえば臭いだけでむせ返りそうになり、帰ってしまいたくなるような施設もありました。明らかにお金儲けに一生懸命になりすぎている施設もありました。もちろん優れた施設もたくさんあるのですが、結局は施設の理事長がどんな理念のもとに経営を行っているかに尽きると思うんです。

 そんななかで私が最も衝撃を受けたのは、お年寄りが抱いている恐ろしいほどの孤独感です。

 ある時、施設の玄関に据えられた公衆電話で泣き喚いているおばあちゃんがいました。受話器を片手に「来てくれるって言ったのにどうして? 約束したじゃない!」と。施設の方に話を聞いてみると、どうやら息子さんが約束の日にお見舞いに来てくれなかったらしいということがわかりました。おばあちゃんは、その日をずっと前から楽しみにしていたそうです。

 このような話はなにも特別なものではなく、全国どこの施設でも同じように聞かれました。なかにはそれまで一度も顔を見せなかった家族が、亡くなったという連絡を受けるや否や施設にすっ飛んできて、いきなり年金だの遺産だの、お金の話を始めるケースもあったそうです。また、亡くなったあとも顔を見せず、葬儀や埋葬などの一切を施設にまかせてしまう家族もいたと聞きました。なんとか連絡をとってみると「無縁仏になっても結構です」という返事を受けたそうです。

 結局、施設で生活しているお年寄りたちは、スタッフの方々にどれだけ優しくしてもらっても、心のどこかで寂しさを感じているんです。

 じゃあ、どうしたらその寂しさを埋められるのか? 最終的にはやはり家族の絆です。誰だって孤独のまま死んでいくのは嫌ですから。死の間際で最後に望むものは、やっぱり肉親とのつながりなんです。それが現代ではじつに希薄になってしまっている。
――ものすごくショックを受けました。

日常生活から「誕生」と「死」が見えなくなった。それが現代社会の悲劇です。

今後、高齢社会へ向けてさらに拍車がかかると予想されている日本では、いまなにが最も大きな問題となっているのでしょうか?

 少し説明的になりますが、数字をまじえてお話しさせていただきます。

 国連の定義によると、老人というのは65歳以上の高齢者を指します。その65歳以上の人口が国全体の7%に達すると「高齢化社会」と呼ばれるようになります。その2倍、14%に達すると、今度は高齢化の“化”が取れて「高齢社会」となります。

 ちなみに現在、日本の65歳以上人口は全体の約19%。本格的な高齢社会を迎えているというわけです。

顔写真

NAOMI SHIRAISHI

 欧米諸国の「高齢化社会」から「高齢社会」への移行期間を見ると、ドイツでは42年かかっています。アメリカは69年、スウェーデンは82年、イギリスは46年、フランスではなんと115年という長い期間をかけて、ゆっくりと高齢社会へ移行しました。ところが日本では、わずか24年しかかかっていません。

 日本は世界で最も平均寿命が高いことはよく知られていますが、それに加えて高齢化の進行もまた世界最速なのです。そのために、介護施設が高齢者の数に追いつかなくなっています。現在でも、特養老人ホームに入所申請はしているものの順番を待たされているお年寄りがたくさんいます。順番待ちのまま亡くなってしまう方の数だって、決して少なくありません。

 2010年には介護が必要となる老人の数は、約380万〜390万人に膨れ上がると予測されています。内訳は寝たきり老人が約170万人、痴呆性老人が約30万人、虚弱老人が約190万人です。ではいったい、この人たちの面倒は誰が見るのでしょうか? それは、これから社会全体で取り組むべき問題です。ところがすでにお話ししたように、お年寄りを大事にしようという風潮がどんどん薄くなっている。そういう意味では、施設などのハード面よりも、むしろソフト面である心の問題のほうがより深刻な状況であると言えるかもしれません。

 これが日本社会の抱える最も大きな問題でしょう。

現代社会では、なぜ家族の絆が脆くなり、お年寄りを大事にしようとする風潮が薄れていってしまったのでしょうか?

 現代は核家族化が進んだことによって「誕生」と「死」が生活からどんどん遠ざかり、ついには見えなくなってしまいました。これが現代社会の悲劇の発端だと、私たちは考えています。

 たとえば「誕生」に関して言えば、50年前には自宅で子どもを生んだ人の割合は80%以上でした。ところが1980年代には1%未満。減ったというより、いなくなったと言ったほうが近いでしょう。

 一方、「死」に関しても、50年前までは8割以上の方が自宅で亡くなっていましたが、今や2割以下。病院死と在宅死の割合が逆転してしまっています。

 昔だったら、たとえば家の中で子どもが生まれたり、大好きなおばあちゃんが徐々に衰え、ついに亡くなってしまう。その一部始終を目の当たりにしながら育ったわけです。生活のなかで「死」に対する恐怖感や愛する人を亡くす悲しみといった感情が自然に芽生える。すると「死」に対する裏側の感情として「生」に対する愛おしさや命の尊さが生まれる。そういうところから、ごく当たり前のようにお年寄りを敬うという価値観が作られていったんじゃないでしょうか。

 昔は人としてあるべき道を、生活のなかで自然に形成することができたように思います。「誕生」も「死」も家庭の中では体験することがなくなった、こうした生活の喪失が、そのまま今の状況につながっているような気がしてなりません。

「お静の雪」を観てもう一度、家族の絆を見つめ直してほしい。

秋に公演が予定されている白石さんのひとり芝居「お静の雪」の内容や見どころ、公演にかける想いなどを聞かせてください。

白石さんの写真:会話風景

NAOM SHIRAISHI

白石さんの写真

 「お静の雪」は、取材で得た経験をもとに主人が脚本を書きました。物語は2部に分かれていて、前半は、江戸時代のお話。60歳になったら、自ら山に入って生涯を閉じることが掟として決まっている村が舞台です。そこで主人公のお静ばあさんはしっかりと現実を見つめ、死へと旅立っていきます。

 自分の食い扶持を愛する子どもや孫たちに回し、命の代償として愛する者を生かす。芝居ではそんな誇り高き女性を演じたいと思っています。

 物語中、子どもたちは先回りして行く先に食料を隠したり、帰り道がわかるように目印のこよりを木の枝に結んだりします。立派な母親をなんとか死なせたくないために――そこにあるのは、じつに素晴らしい親子愛です。

 一方、後半の舞台は現代です。施設に入所しているお静ばあさんは、子どもたちが来てくれるのを心待ちにしているのですが、いつまで経っても来てくれない。そしてついに、孤独のまま死を迎えるというストーリーです。

 要するに、天明の頃と現代とでは、お年寄りの生き方がこれほど違うのですよ、というお話です。

 そして最終的に、この芝居で最も伝えたいテーマは「みなさん、もっと家族の絆を大切にしましょうよ」ということ、それだけなんです。

 自分は親不孝だと思っている方、反対に親孝行だと思っている方、どちらの方も、ぜひご覧になってください。普段、家族の絆をあまり意識していない人でも、きっとなにかを感じていただけるんじゃないかと思っています。

(文中のデータは、厚生労働省等の推計に基づくものです。)

情報誌表紙

介護福祉の情報誌

月刊高齢社会ジャーナル

A4判 約200ページ 1冊2,800円 年間購読料30,000円(送料・税込)

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