東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第22号(平成16年6月1日発行)

特集

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「女だって噺家になりたい!」女流真打・菊千代の終わりなき挑戦。

長い歴史を持つ落語界において、女流初の真打に昇進し、今年落語家生活20周年を迎えた古今亭菊千代さん。現在では、浅草演芸ホールや鈴本演芸場、新宿末広亭などの定席・独演会などのほか、手話落語、海外での落語披露など、数々の先駆的な試みにチャレンジしています。今回は、20年間の噺家人生を振り返っていただき、当時は完全な男社会だった落語界へ進むと決めた時のことや真打に昇進した時の想い、手話落語を通じて学んだことなどについて、たっぷりと語っていただきました。

PROFILE

写真:手話をおこなう菊千代さん

手話:愛してます

古今亭菊千代さん

東京都板橋区生まれ。桜美林大学卒。
84年7月、広告代理店退社後、古今亭圓菊門下に入門。同10月、前座名【古今亭菊乃】で楽屋入り。88年9月、二ツ目に昇進。同12月、女流芸人の会「撫子倶楽部」を結成。93年3月、先輩三遊亭歌る多師とともに女性落語家として初めて真打に昇進、【古今亭菊千代】を襲名する。
02年6月、東京矯正官区長より東京拘置所の篤志面接委員に任命される。
現在、浅草演芸ホール・鈴本演芸場・新宿末広亭・池袋演芸場など定席出演のほか、東京拘置所にて月1回の話し方教室を開催。また、全国の刑務所・拘置所・少年少女院・更生施設にて落語を披露。その他、国内だけでなく海外にも活動範囲を広げている。
著書に『古今亭菊千代、噺家です。』(日本出版社)。

柳家小さん師匠がつぶやいた「うまけりゃいい」の一言で噺家を目指す決心がついた。

現在のように噺家として活躍される以前、どのようにして落語と出会い、落語のどんなところに興味を覚えたのでしょうか?

 落語との出会いは、高校生の頃でした。ある日、校内を一人でぶらぶらしていると「ねえねえ、彼女ぉ」と、同じ敷地内にある桜美林大学の学生から声をかけられたのです。「やった、私もついにナンパされたワ」と思って内心ドキドキしながらよく話を聞いてみると「いま寄席やってるんだけど、チケット買わない?」と持ちかけられました。なんのことはない、落語研究会の呼び込みだったんです(笑)。

 半分だまされたような気分でしたけれども、これがきっかけで落研の方と仲良くなり、授業が終わると毎日のように大学の部室へ遊びに行くようになりました。でも、その頃は「落語家になりたい」と思っていたわけではありません。ただ、落研の人たちが優しくしてくれたからという理由で通っていただけでした。

 やがて大学へ進み、当然のように落研の先輩から勧誘を受けました。でも大学生になったらアルバイト生活に明け暮れようと思っていたので、最初はあまり乗り気じゃなかったんです。そのことを伝えると、今度は「マネージャーでいいから入ってほしい」と言われました。結局、なんだかんだと理由をつけて断ろうと思っていたものの、最終的にはなだめすかされるようにして入部することになりました。

 ところが、初めて高座に上がらせてもらった時、それまでの気持ちが一変したのです。なにしろ落語は順番さえ待てば、誰でも高座に座れます。高座に座れば、皆が私を見てくれます。そして噺を聴いてくれます。今まで目立ちたいけど目立てなかった私が主役になれたのです。もちろん、そこに至るまでの努力は必要ですけれども、高座に座ってしまえば一人でなんでもできてしまう。主役も脇役も、老若男女だって思いのまま。なんにでもなれてしまいます。それは「世の中にこれほど自分に合っているものはないんじゃないか」と思えるほど、私にとっては衝撃的な出会いでした。

会社員時代を経てから、古今亭圓菊師匠の門下生となるまでのいきさつを教えてください。

 じつは大学1年の時、知り合いの噺家に相談したことがありました。その時は「女性の噺家なんて、どうせ途中で辞めちゃって長くは続かないんだからダメだよ」と一笑に付されたので諦めてしまったんです。

 それでも落語の世界に近いところで仕事がしたいという気持ちに変わりはありません。そこで、いつかは落語の本を作りたいと思うようになり、編集の勉強をするために夜間の専門学校へ通いました。そして卒業後は、運良く広告代理店の編集部に就職することができたというわけです。

 就職後、3年ぐらいたった頃、友人から柳家小さん師匠と対談させてもらうという機会をいただきました。企画の内容は「小さん師匠が落語好きの女性と対談する」というものです。そこで私は対談の中で、恐る恐る「女性の落語家はダメですかね?」と聞いてみました。すると師匠は「いま前座に一人(注)いるけど、続くかどうかは難しいだろうな」とおっしゃったんです。私はショックでした。「難しい」という言葉に、ではありません。すでに女性の噺家が一人いるという事実にです。そして、師匠は最後に「まあ要は、うまけりゃいいんだけどな」とおっしゃいました。その一言で、これまでくすぶっていた私の落語熱に再び火がついたのです。

 一度は諦めた道だけれども、人生経験を積んだいまなら、どんな努力もできるような気がしました。当時、すでに27歳。噺家を目指すにはかなり遅い年齢です。でも、だからこそ「やるならいましかない」と思いました。

 そうと決めたらいてもたってもいられなくなり、あとの行動は早かったです。会社に退職願を出して両親に「噺家になる」と宣言し、新宿末広亭の楽屋口で圓菊師匠を待ち伏せして「弟子にしてください!」と頼み込むまで、本当にあっという間でした(笑)。

注:三遊亭歌代 二ツ目昇進後に【歌る多】と改名

「女性であること」を言い訳にすることは絶対にしたくなかった。

前座(見習い)、二ツ目を経て、やがて三遊亭歌る多さんとともに女流では初めての真打に昇進されたわけですが、その時の思いをお聞かせください。

 真打に昇進させていただくことになったのは、平成5年のことです。噺家ならば誰でも真打を目指して努力するわけですから、本当にうれしかったです。

 ただし「女性の噺家だから」という理由でこれほど早く真打に昇進させていただけたのか、あるいはこれまで誰一人として長く続かなかった「女性の噺家なのに」努力が認められて昇進させていただけたのか、そのあたりのことはいまでも定かではありません。それだけに、この問題については自分がどう受け止めるかということが大事だと思うんです。

 たとえば私の場合、兄さん方(先輩弟子)に怒られた時に「女性だからあんなに厳しく怒るんだ」と考えてしまうこともたしかにありました。でも、そんな時に思い出したのが、小さん師匠の「うまけりゃいいんだよ」という言葉です。要するにこの世界では噺がうまければいいのです。そのことを、あらためて肝に銘じました。

 それ以降、自分の芸がダメで怒られているのに「女性だから」という理由にすり替えて言い訳にすることだけはやめようと決めました。いまでは真打昇進に対して心から「女性だから早く昇進させていただいた」と謙虚に言えるようになりました。あとは自分の努力のみですから…。

手話落語を通して障害がある方々の好意的で暖かい笑いを初めて知りました。

通常の定席公演のほか、年に何度か手話落語を披露されているとうかがいましたが、それは具体的にどんなものなのでしょうか?

写真:見学中の菊千代さん

人権プラザを見学

 初めて手話落語に触れたのは12年ほど前、まだ二ツ目だった頃です。うちの師匠は日本ではじめて、手話落語に取り組んだ人ですが、そろそろ弟子に引き継がせる頃だと思ったのでしょう。なかば強制的に「やれ」と師匠に言われたので、私も「はい」と答えざるを得ませんでした(笑)。

 この手話落語というのは、古典落語を手話に訳すという作業のほかにも別の難しさがあります。それは、ほとんどの落語が言葉の言い回しや語呂で落とすような構成になっているため、聴覚障害者の方々が理解できるようなネタを探す必要があるからです。

 たとえばある小噺の中では、捕まえたネズミを前に「大きいだろう」「小さいだろう」とやり取りする場面が出てきます。オチは「ネズミだけに真ん中をとってチュー(中)!」というものなのですが、これはネズミの鳴き声を聞いたことがないと笑えません。つまり手話落語では使えないのです。

 それを踏まえずにただ古典落語を機械的に手話へ訳して演じてみせても、面白さが伝わらないばかりか、まったく意味がわからないものになってしまいます。ですから手話落語を演じる際は、普段の生活のなかで知らず知らずのうちに蓄えられた知識を疑ってかかる必要があります。これは、自分の感覚そのものに意識的に目を向ける作業ですから、なかなか大変です。

 また「聴覚障害の方たちは、本当に落語で笑ってくれるの?」と聞かれることもよくあります。ありがたいことに皆さん私の落語を聴きたくて来ていただいた方ばかりですから、驚くほどよく笑ってくれるんです。それは私の落語が上手というよりも、こちらの努力に対してすごく好意的で「こんなに頑張っているのだから、ちょっとくらいわからなくても笑ってあげよう」というじつに寛大な心で接してくれているからなんだと思います。

 とくに障害がある方というのはそれだけ苦労をされてきているわけですから、他人に対する思いやりも強いんでしょうね。誰かがなにかをやろうと努力していたら、一生懸命に相手の身になってその「なにか」を感じようとしてくれますから。

 これは私の個人的な実感ですが、落語にしても、何にしても、障害がある方ほど、また大変な苦労をされてきた方ほど、そこから大きな世界が広がって見えているんじゃないかということを、手話落語の経験を通じて思うようになりました。

今年で落語家生活20周年を迎えたそうですが、今後のあらたな活動目標などについて聞かせてください。

 ひとつ大きなテーマとして掲げているのは、更生施設や矯正施設の全国制覇です。昔は師匠について刑務所や拘置所を回っていたのですが、2年前に東京拘置所の「篤志面接委員」に任命されたことで、一人でも訪問できるようになったんです。これをきっかけに、地方でお仕事をいただいた時は東京拘置所の方に相談して、近くに更生施設があったらそこへ行かせていただくことにしました。これをずっと続けて、行く行くは全国すべての更生施設を回れたらいいなあ、と。

 訪問の際、以前はとにかく笑ってもらおうと思っていたのですが、最近は「勝手に押しかけて行って、何で笑ってくれないのだろうというのは筋違いだな」と思うようになりました。すると変な気負いがなくなったせいでしょうか、不思議なもので以前よりよく笑ってくれるようになったんです(笑)。

 ただし、ひとつだけ問題が……よく聞くと、施設は全国で約300カ所近くもあるというんです。だから全部を回るのはちょっと難しいかなあということで、早くも目標の下方修正を考えているところです(笑)。

写真:笑う菊千代さん

写真:口の両側に手を近付けるポーズ

手話:笑う

写真:両手の人差し指を向かい合わせ折り曲げるポーズ

手話:あいさつ

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