東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第19号(平成15年9月1日発行)

リレーTalk

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『橋のない川』を「ひとり語り」で語り続けて10年、今秋「総集編」へ挑戦

向田敬子さん

声楽家(二期会会員)
向田敬子さん

  向田敬子さんのひとり語り公演『橋のない川』の初演はちょうど10年前、1993年11月に行われました。それ以来、公演は116回を数え、住井すゑさん生誕100周年となった昨年には、ついに全7部すべてを語り終えました。そしてこの秋、第1部から第7部までのエッセンスを「総集編」として語ります。そこで、公演を控えた向田さんに、住井すゑさんとの交流について、ひとり語りに対する想い、さらにこれまでの集大成となる舞台への意気込みなどについてうかがいました。

  この公演を始めたばかりの頃、住井さんとお会いしたいと思いつつもそれがかなわず、私の中でずっとひっかかっていました。ですからご本人に宛てて、何度も「お会いしたい」という手紙をお出ししました。「どうしても先生に聴いていただきたい」と書いて。それでもなかなか願いがかなわず、ようやく初めて聴いていただけることになったのは、それから二年後、住井さんのお住まい近くの牛久で公演をした時のことです。

  その日の公演が終わると、住井さんは私に向かって「これが私の書いた文章ですかね」と言われたのです。ドキッとしました。胸がつぶれる思いでした。たしかに私はまだまだ下手でしたし、あがってもいました。だから、“おそらくお気に召さなかったのだろう、悪いことをしてしまった……”

  ところがそうではなく、住井さんは「文章は目で読むよりも、耳で聴いたほうがずっと感激するんですよ。これは大変な仕事だけれども、ぜひ続けてください」と言われたのです。それを聞いて、私はもう、ただただ嬉しかったですね。

  その後、住井さんとは何度もお会いできたのですが、晩年になって「『橋のない川』の内容は100年経たないと理解されないでしょうね」とおっしゃられたことが印象に残っています。たしかにこの物語は、重いし、暗いし、長い。だから、今の若い人たちには敬遠されやすいと思うのです。けれども人間の内面も、自然も、様々な問題も、ここまで的確に描写されている物語が、ほかにあるでしょうか?

  実際、これまでの公演に来場いただいた方のなかにも「こんな差別があるということを初めて知った」と驚かれたり、原作を買って読まれたりする方もたくさんおられます。また「ぜひ中高生にも聴いてもらいたい」という声もよくいただきます。今の子どもたちにとっては時代背景がまったく違いますから、すべての内容を理解するのはなかなか難しいかもしれません。それでも、このような差別が、現実に存在していたのだという事実は知ってもらわねばなりません。

  私が演じている「ひとり語り」は、朗読と違って、舞台上には台本を持ち込みませんので、まず原作を読んで読んで読み込んで、食べてしまいます。そうやって物語のすべてを咀嚼してから、今度はそれをマユのように吐き出していく。それが私の「ひとり語り」なのです。もちろん、時間も労力も相当なものですが、それを惜しむと物語の一番大切なところが伝わりません。それに、そこまでやって初めて、聴いてくださる方々にも、共感や感動を伝えることができるのではないでしょうか。そして、来場いただいた方も、ただ漠然と聞くだけではなく、一人ひとりが時には「ぬいさん」に、あるいは「おふでさん」になりきったりして登場人物たちの内面を想像しながら聴いていただけると、より深いものになると思います。

  今度の公演は「総集編」になりますが、第1部から第7部までを2時間に凝縮して聴くいていただこうと思っています。どんなふうにまとめたらいいのかと、試行錯誤しているところですが、当日は素晴らしい舞台をお見せすることをお約束します。そして皆さまには『橋のない川』の魅力を存分にお届けいたしますので、10月3日にはぜひともご来場ください。

  公演のご案内は伝言板1をご覧ください。

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