東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第18号(平成15年6月1日発行)

リレーTalk

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知的障害のある人の人権を尊重し、受け止める社会を目指して

中野敏子さん

明治学院大学 社会学部 社会福祉学科教授
中野敏子さん

全国で約40万人いると言われる知的障害のある方々に対して、私たちはなにをするべきなのでしょうか。あるいは、なにができるのでしょうか――。普段、あまり接する機会のない人々にとって、障害を背負った当事者たちの現実はなかなか見えにくいものです。そこで今回は、社会福祉を専門に研究されている明治学院大学の中野敏子教授に、知的障害のある人を取り巻く現状と今後取り組むべき課題について、お話をうかがいました。

 いま私たちが考えるべき問題のひとつは「知的障害のある人の人権は守られているのか?」ということです。知的障害のある人は多くの人が利用するのではない別の場所で教育や訓練を受けることが多いため、一般の市民にとっては実情がなかなか把握できません。それに、知的障害のある人は、自分が置かれた状況を自ら発することが難しいとされてきました。だから家族や施設職員といった身の回りの人たちが代弁するよりほかに、手立てがありませんでした。しかし、1990年頃から知的障害のある人自身が声を出し社会に訴えていく動きが見えてきたように、ここ10年くらいで状況は大きく変わってきたと思います。

 では、社会は、知的障害のある人を一人の人間として尊重し、受け止めてきたと言えるでしょうか?

 答えは、残念ながらまだまだ不十分と言わざるを得ません。障害のある人が安心して生活を送るためには、社会的な理解と支援が不可欠なのに、です。

 これは数年前のことですが、東京都が知的障害のある人の生活向上を目的としたある委員会を設けました。その際、当事者にも話をうかがいたいということで、知的障害の方も委員として参加しました。ところが、いざ会議が始まってみると、配布された資料は一般の方と同じものでした。その中には「承認」「通達」といったような言葉が数多く使われていたのですが、もちろん障害のある人には理解できません。そこで担当の方は、すべての文章を読んでいただけるようにと、資料の一字一句にいたるまでふりがなを付けました。「さて、これでいいだろう」と、普通は思いますよね?でも本人からは「まだわからない」という答えが返ってきました。でもそれは仕方のないことです。いくら「承認」や「通達」の読み方がわかったところで、その意味までは表していないのですから。そこで今度は、難解な言い回しをやめて、一緒に考え、やさしい言葉遣いですべて書き直していこうということになったのです。時間はかかりましたが、それでもこうした辛抱強い歩み寄りを繰り返したことによって、だんだんと信頼関係が築かれていきました。

 この事例はすべての関係者にとって、非常に多くの教訓を含んでいます。単に「偏見をなくしましょう」「差別をなくしましょう」と口にするだけではダメなんだということです。現実はそんなに簡単なものじゃない。お互いにものすごく忍耐強くないと、どちらか一方があきらめてしまうからです。でも、この事例のように、お互いに共通するなにかに向かって努力していくことで、初めて大事なものが浮き彫りになってくるのです。一緒になにかを作りあげていく。お互いが本当に必要だと思うことに取り組むことによって、障害のある人と向きあう人の間に横たわるズレが見えてきます。そして「なにが偏見を生んでいるのか」「なにが差別を引き起こしているのか」ということまで、だんだんとわかってくるのではないでしょうか。

 知的障害のある人とその家族、社会福祉専門職の三者がお互いに理解を示し、歩み寄っていくこと。それはもちろん、すごく大事なことです。でもそれだけでなく、これからは今まで以上に周囲の人々、つまり地域全体でこの問題に取り組んでいく必要があります。そのためにはソーシャルワーカーをはじめ、社会福祉専門職が、社会に対してもっともっとこの現実を知ってもらうように努力していくことが求められるでしょうね。そして皆さんが一緒になって障害のある人が直面する問題と向き合うようになった時、初めて社会的な支援へ向けた第一歩が踏み出せるのではないかと思うのです。

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