東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第17号(平成15年3月4日発行)

特集

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長期避難生活を通して見えた被災者を取り巻く現状と課題

三宅島の噴火から、まもなく3年――。
メディアの報道機会が減るにつれ、人々の関心も薄れつつあるように見えます。それでも、被災者の方々が安泰な日々を送っているわけではありません。長期化する避難生活の裏には、あらゆる面において深刻な問題が山積みとなっているのです。
そこで今回は「三宅島島民連絡会」の会長を務める佐藤就之さんに、被災者の生活の現状と諸問題について語っていただきました。

顔写真:佐藤さん

三宅島島民連絡会会長
佐藤就之さん

誰も予想できなかった3年近くにもわたる避難生活

 今回の噴火が始まったのは、平成12年6月26日です。それ以降は震度5〜6という火山性の地震が群発し、島民は極度の緊張を強いられながら過ごしました。避難指示を受けたのはそれから約2カ月後、ちょうど防災の日の翌日にあたる9月2日でした。それは、3日以内に全員避難せよというあわただしいものでしたが、結局村職員と防災関係者を除く約3800人、1800世帯の島民が無事に離島しました。

 避難後は東京都をはじめとする関係各機関のご尽力で集合住宅等を提供していただき、全島民が仮住まいを確保することができました。また、多くの方から寄せられた義援金は24億円以上にのぼると聞いています。さらに、全国各地から多くの生活物資もいただきました。こうした皆様のあたたかいご支援・ご協力には島民一同、本当に深く感謝しております。

 ところが、当初は避難生活がこれほど長くなるとは予想できませんでした。これまでに経験した三宅島の噴火災害をふまえると、少なく見積もって1〜2週間、長くても2〜3カ月たてば帰島できるだろうと誰もが思っていたのです。ですから、私たちの想像を遥かに超えた3年近くもの避難生活は、そのまま“二次災害”となって島民を苦しめているのです。

被災者の生活支援策は見直しの必要に迫られている

 避難民は被災者生活再建支援金と義援金配分を合わせて、たとえば2人世帯の場合なら218万円を受け取りました。これでなんとか暮らしていける――最初は皆、そう思ったものです。でもそれは、避難生活が2年半を超えた今となっては、十分な金額ではなくなってしまいました。結果的に、島民の間にはさまざまな生活格差が生まれています。もちろん仕事を続けられている方もいますが、なかには高齢などの理由で仕事が続けられず、貯金を切り崩しながら生活している方もいます。若い人でもなかなか仕事には就けません。家屋の被害では破損や倒壊のほか、白蟻の被害も拡大しています。また、民宿や商店などの事業を営む方々は再建資金が必要ですし、学齢に当たる子どもを持つ家庭は教育問題もあります。

 こうした状況に対する打開策のひとつとして、行政側の配慮で生活保護法の適用を受けられることになりました。ところが残念なことに、被災者保護としてはうまく機能していないのが実情です。東京都の調査によると、平成14年8月の時点で338世帯が生活保護基準を下回っていましたが、実際に生活保護を受けたのは66世帯、全体の20パーセント弱に過ぎません。これは生活保護への抵抗意識から、島民自身が拒んだ面もあります。しかしそれよりも問題なのは、生活保護の適用基準でしょう。被災者生活再建支援金と義援金配分で受け取ったお金以外の貯金は、一切認められなかったのです。つまり、帰島後の生活復興のために貯めたお金が基準に引っかかってしまう。これでは帰島後、家を補修したり、周囲に積もった火山灰や倒れた木を取り払うための資金は、どうしたらいいのかということを要望してまいりました。最近になって、三宅村災害保護特別事業交付金の制度がもうけられ被災者生活再建支援金と義援金を含め預貯金の保有額が500万円までみとめていただけるようになりました。

現行の法律規定にとらわれず状況に即した弾力的運用を

 もうひとつ見直しをお願いしたいのは、公共建造物の目的外使用の制限(および禁止)です。たとえば、学校。あるいは公民館。これらは、今なおほとんど無傷のままです。一方、民宿や商店など、個人事業主の建物は屋根に穴が開いたり、建物が崩壊したりしています。このままでは商品や家財等が雨漏りのために腐ってしまったり、白蟻やネズミ、イタチなどに荒らされて使い物にならなくなってしまう。そこで、こうした商売道具を一時的に保管する場所として、学校や公民館を使わせていただきたい――そんな声が、島民から出てきました。ところが行政側からは、これらの公共建造物を本来の目的以外に使用するためには、十分な検討が必要になるという内容の答えが返ってきました。

 結局、行政側は私たちに自助努力ないし自力救済の姿勢を促しているのだと解釈しています。ところが、それに対する法的整備がされていない。これでは、私たちはどうすることもできません。前例のない事態が発生しているのですから、制度の見直し、あるいは現行の法律を弾力的に運用していくことも、あわせて考えていくべきではないでしょうか。

今回の噴火災害を教訓にして“防災列島づくり”に貢献したい

 「三宅島島民連絡会」が組織されたのは、平成14年4月です。避難の際、1都17県に分散した島民の声を集約する目的で結成しました。おもな活動として、月に1回のペースで機関紙を発行しています。それから平成14年8月から9月にかけて、都内7カ所で「島民対話集会」を開催しました。ここでは村役場や村会議員の方々をはじめ、のべ645名の島民が参加したことにより、123項目におよぶ「意見書」と3項目の「緊急要望書」がとりまとめられました。島民から寄せられた声のなかで圧倒的に多かったのが、やはりお金に関する問題です。

 そもそも日本列島は、どの地域も火山や震源地を近隣に抱えているわけです。にもかかわらず、今回のケースが発生したことにより、防災に対する構えの甘さが浮き彫りになってしまいました。だから私たちは、肌で実感したさまざまな教訓を活かして、次の噴火災害に備えたいと考えています。また、話はもちろん三宅島だけにとどまりません。もしそれほど遠くない将来、東海大地震が起きてしまったら? 現行の法律では必ず限界があります。そうではなく、あくまでも災害避難生活者を保護するという視点に立った制度づくりが必要なのです。目指すのは“防災列島づくり”。この目標に向かって、私たちは今後も活動を続けていきたいと思います。

「島民対話集会」で寄せられた声 〜長引く避難生活のなかで〜

写真:意見書を読み上げる男性

三宅島島民対話集会

 「島民対話集会」でとりまとめられた123項目におよぶ「意見書」(平成14年10月5日提出)のなかから、一部を抜粋して紹介します。

「(注)」と記した内容はすでに実施されているものです。

避難生活支援について
年金生活者は交通費さえ気になって、引きこもりがち。生活のリズムが変わってしまい、体調不良を訴える高齢者が増えている。
貸付金制度もあるが、返済のあてがないので借りられない。
船賃の自己負担が一時帰島を困難にしているため、なんとか公的援助を考えてほしい。(注)
財産の保全について
屋根の修繕を業者まかせではなく、個人で行いたい。
自助努力はもちろん必要だが、公的支援や生活支援で今を乗り切らないと、三宅島は復興できなくなる。((注)一部)
白蟻被害はどこを見ればわかるのか? 勝手に駆除できないため、被害が目に見えている家だけでなく全島的に調査するべき。
一時帰島事業について
一時帰島時に電力の供給があれば、もっと仕事が進む。
一時帰島を何度も申し込んだが、思うように渡島できなかった。もっと早く行けば、助かる部屋も多かったはず。
復興計画について
完全帰島がなされた場合、観光客の受け入れはどうするのか?
村民が出した復興案をうまく利用してほしい。
帰島計画・帰島後の生活について
家の中にネズミやイタチが入っているので畳や布団が使えない。
学校が再開した際、児童・生徒が減るのは必至。小中学校は現在3校ずつあるが、合併問題について村ではどう考えているのか?
住宅の再建には莫大な費用がかかるため、若い世代の人々は島へ帰りたがらないのでは? そのあたりの支援策を考えてほしい。
行政サービスについて
住民の総合的な苦情や意見を聞くための窓口を作ってほしい。(注)
定期的に避難先を巡回する「移動村役場」を作ってほしい。
現地の様子について
ガスの安全値は? どこまで下がったら帰島できるのか?
ガスに対する知識が足りないので、わかりやすく教えてほしい。
現地で作業をしている人たちの健康状態が心配。環境基準を遥かに超えた数値が報告されているが、行政としての考え方は?
その他
損保会社に調査をしてほしい。家を直した後に査定しても無駄ではないのか?
島原で聞いた話だが、マスコミの力が大きかったとのこと。もっとマスコミ経由で情報をオープンにしていくべき。
特別立法について、住民として傍観しているだけでいいのか?
今後の住民説明会やふれあい集会では、少しでも明るい話題が欲しい。

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