東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第17号(平成15年3月4日発行)

特集

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「自分で自分に差別しない」―そう決めてから、気持ちが楽になりました。

チェン・ミンさんは、中国・蘇州生まれの二胡奏者。その指先が奏でる優美な音色は、確かなテクニックの上に豊かな感受性がプラスされ、愁いを含んだ旋律となって多くの聴衆を魅了します。
今回は、いま最も注目されている二胡奏者として人気上昇中のチェン・ミンさんをゲストに迎え、二胡に対する想いや日本の印象、そして今後の目標などについて語っていただきました。

顔写真:チェン・ミンさん

チェン・ミンさん

中国・蘇州生まれ。上海にて音楽教育家の父と越劇女優の母のもとで育ち、幼い頃より父親から二胡を教わる。上海戯曲学校では二胡を専攻。上海越劇院オーケストラでメインの二胡奏者となる。また、上海越劇院では演劇コースに学び、上海青年演劇団の活動に参加。上海電視台(TV局)ではドラマの主役を演じるなど、女優としても活躍した。その後、'91に来日。'93年に共立女子大学へ入学し、日本文化を専攻。'97年卒業。来日以降、都内でのライブ出演や全国各地での公演など、ジャンルにとらわれず幅広い演奏活動を行う。2002年12月の人権週間には、東京都など主催の「トークショーと映画の集い」に出演した。

言葉の壁は、気づかぬうちに自分で築いてしまうもの。
だから自信を持つことが大切。

来日してからしばらく、言葉の壁にぶつかって苦労されたそうですね?

 やはり最初の半年間くらいは、自分の伝えたいことがぜんぜん相手に伝わらなくて……。しかも同じ東洋人で見た目も顔もそれほど変わらないのに、習慣も考え方も、物事の進み方にもすごく違いがありますよね? まわりには中国人の友達が誰もいなかったので、そのぶん辛い思いをしました。それでも思い切って壁にぶつかったせいか、慣れるのも早かったんです。まずはとことん失敗して、それからとことん立ち直る。そうやって3カ月くらいでなんとかまわりとコミュニケーションがとれるようになり、半年後には日本の習慣や礼儀作法も徐々に理解できるようになっていきました。

 その間、差別や偏見といったものをまったく感じなかったわけではないんです。でも自分に自信がない時って、人のことを悪く考えてしまいがちなんですよね。たとえば、ある人が私をじっと見ていると(あの人、どうも目つきが優しくないぞ)って、疑り深くなってしまう。そんなことはぜんぜんないのかもしれないのにもしかしたらその人は(どこの国の人なのかな?)と思って見ているだけなのかもしれない。自信がないと、そんなふうにして勝手に誤解をしてしまうんです。それでも、日本で生活するようになってから、物事はなんでも自分の気の持ち方次第なのだと思うようになったんです。

 だから、まずは自分に自信をもって積極的に相手と接する。言葉はもちろん重要ですけれど、必ずしも日本語を流暢に話す必要はないんです。とにかく、自分で自分に差別しないこと。そうすれば「なんだ、思ってたよりもぜんぜん怖くないんだ」っていう発見が必ずあります。(私は中国人だから白い目で見られるんだ……)という卑屈で言い訳じみた考えを、最初から外してしまおう。そう決めてからは、ずいぶん気持ちが楽になりました。

共立女子大学では日本文化を専攻されていたそうですが、そのなかでなにがいちばん印象に残りましたか?

 日本の文化って、歴史の中のどの地点を切り取っても中国の文化とつながっているんだなって感じたことです。共通点がいっぱいある。だから、日本文化と中国文化を比較しながら学ぶことができて、とても面白かったですね。なかでも興味深かったのは、いまの中国では疎かにされていることが、日本では大切にされていたことです。たとえば、礼儀。はるか昔、孔子の時代には「礼」という言葉が最も重んじられていました。両親や先祖、それに師匠といった目上の人たちを敬う。それって、本来は中国でも大切にされていた思想です。ところが時代が移り変わり、文化大革命などを経て、いろんな価値観がひっくり返ってしまいましたから……。中国では、いまだにそのような時代の影響がいたるところで残っています。

 日常生活にもそういった例はたくさん見られます。たとえば、茶道のルーツも中国にありますよね。でも私がまだ小さかった頃、中国ではお茶なんて器さえあればそれでいいといったように、あまり形式にはこだわりませんでした。それが最近になって、少しずつ茶道のブームがやってきて、みんな関心をもつようになってきました。日本の影響を受けたんでしょうね。昔からのよき文化を、もう一度見直そうという動きが出てきたんです。とにかく日本と中国は、そうやってお互いが影響を受け合いながら発展してきたのだという印象をすごく強く感じています。

同じ音は二度と出せないから、 いつも“よい変化”を求め続けていきたい。

日本に来てから経験されたことのなかで、なにがいちばん二胡の演奏に影響を与えましたか?

二胡
TOKYO人権

 二胡にまったく触れなかった2年間ですね。それはちょうど、来日してから日本語学校に通っていた時期と重なります。でも、そのおかげでもう一度自分を客観的に見つめ直すことができたんです。小さい頃から、私は音楽のある環境で育ってきました。父が師匠でしたから、とくにこちらからお願いしなくても教えてくれたのです。ところが、当時はそんな恵まれた環境に自分が置かれているということを、あまり意識できていませんでした。

 それが日本に来てから一転して、音楽をやりたくてもできない環境になってしまった。そればかりか、やりたいという余裕すらなくなってしまったんです。日本語を学ぶこと、それに大学へ進学するための勉強に時間をとられてしまって。その時になって、初めて自分から二胡を弾きたいと強く願うようになりました。

 その後、大学に入学して自分に余裕ができてからは、いろんな先生のところで学ばせていただいたり、大学のサークルで二胡を教えたりしました。そこからいろんなチャンスが増えていって、ようやく心をゼロの状態に戻して再出発することができたんです。

二胡を演奏する時に心がけているのはどんなことですか?

チェン・ミンさん ただ音を奏でるだけでなく、そのなかからなにを伝えたいのか、という部分を大切にしています。綺麗な音色や美しい旋律といった技術的なことは、もちろん必要です。でも、相手に感動してもらえるような演奏をするためには、それだけでは足りません。技術的な面をしっかりと身に付けた上で、自分の心をいかにして曲に込めていくことができるか。そこが大事なんだと思っています。

 それから、二胡の音色は“人の声に似ている”とよく言われるのですが、演奏する時も歌うような気持ちで奏でています。だから「呼吸」をすごく大事に考えていますね。実際、楽器を弾いているということを忘れて、自分と楽器が一体になっているという感触を得られる時があります。そういう瞬間は本当に幸せな気分になれますし、自分でも「ああ、今日の演奏は素晴らしかったな」って思えるんです。

 もちろん、いつもそんな最高の状態を保つことはできません。そもそも、同じ音というのは二度と出せないものですから。その日の状態によって、必ず音は変わります。それは楽器の状態や手の状態、それに心の状態も影響します。そうやって日々、音は変化していきます。だとしたら、私はいつも良い方向へ変わっていきたいですね。そのためには、もちろん練習を重ねていかなければいけませんが、それよりも二胡から離れたところで得られる経験のほうが大事です。様々な経験を積んで心が豊かになれば、自然と二胡の音色も豊かになっていくものです。以前、父が教えてくれた「求之弦内 得之弦外」という言葉は、まさにこのことを言い表しています。この言葉、実は私の二胡にも彫ってあるんですよ。だから、この二胡で演奏するたびに「いつも“よい変化”を求めて頑張ろう」と、前向きな気持ちになります。それに、父と一緒になって演奏しているような気にもさせてくれるんです。

二胡の表現力をもっと豊かにするために、普段の生活の中でなにか心がけていることはありますか?

 もともと自然がすごく好きなので、美しい景色をいっぱい見るようにしています。自然の中に身を置くと、つらいことがあっても「大丈夫なんだ」っていう気持ちになりますよね。海や山を眺めていると「なんだ、さっきまで悩んでいたことなんて、全然たいしたことじゃない」って思えてくるから不思議です。たとえば私の音楽を聴いて、そんな風景が思い浮かんだとしたら素敵なことですよね。

 あと、最近はよく空を見るようになりました。運転する時は、なるべく見ないようにしていますけれども(笑)。でも本当に、まわりの風景をよく観察するようになったんです。昼間は雲の表情を、夜には星空を見上げる。それは、言葉の壁にぶつかっていた頃はできなかったことだと思います。心に余裕があるからこそできる。そうじゃないと、夜空を見上げて「今日の星はこんなに美しく見えるわ」なんて、なかなか思えないですから。

 それと曲作りに入る時は、いつも富士山へ行っています。ただ有名だからという理由だけでなく、富士山では大きなエネルギーを感じるからなんです。だから、いままでのオリジナル曲は、ほとんど富士山で作っているんですよ。そうやって美しい風景の中で受けた感動をメロディに乗せてみなさんに伝えていけたら、私にとってはすごく幸せなことです。

「日本の文化は美しい」
できるだけ多くの人々にそのことを伝えたい。

いまの日本の社会は昔にくらべて道徳や倫理、いわゆるモラルが欠けていると言われていますが、チェン・ミンさんの目にはどのように映りますか?

チェン・ミンさん 中国の思想、とくに孔子や孟子の思想というのは両親とか先祖とか、そういう自分のルーツをとても大切にしているんですよね。それは、そのまま社会の道徳や倫理につながっているように思います。最近では日本でも、昔の思想を大事にしつつ後世に遺そうとしていますよね。ところが一方では、ある一部の人々にはまったく無視されてしまっているという事実もあるようです。その両極端が許されているような社会になりつつあるのではないでしょうか。残念なことですが、すごく矛盾しているなって思います。

 私にはあまり大きなことは言えませんが、心のゆとりを取り戻すためには、まずみなさんが日本文化のよさを再確認することが必要なのではないでしょうか。だから、日本の伝統的な文化が持つよい部分や美しい部分を、もっとメディアは取り上げて強調していかなければいけませんよね。日本独特の「わび・さび」の心には、東洋の神秘的な美しさがいっぱい詰まっています。だからとにかく、美しいものにいっぱい触れてほしいんです。そうすればみなさん、きっと優しい気持ちになれるはずですから。

 私は日本で心のゆとりを学びました。それが今、二胡を通して表現されているのだと思います。今後、中国はさらに経済発展を遂げ、衣食住が満たされる社会になるでしょう。そうしたら次は、心のゆとりをみんなで追求していくようになると思います。本来、中国が持つ癒しの文化を回復するのに、もうそれほど時間はかからないんじゃないでしょうか。そのなかで私ができることとして、日本で学んだ美しい文化を中国の人々にも伝えていきたいと思っています。それには、もっともっと日本で勉強を積まなくてはいけませんが、自分が受けた感動をできるだけ多くの人々に伝えられるよう、これからも努力していくつもりです。

「今度のアルバムには私自身の“今”が詰まっています」

1stアルバム『I Wish――我願――』(東芝EMI)、2ndアルバム『MY Story――我的故事――』(東芝EMI)に続き、5月14日(予定)には同じく東芝EMIから3rdアルバムをリリースします。今回の新譜は、チェン・ミンさん作曲によるオリジナルソングが中心のラインナップになる予定。

「いまアルバムの自分の心境や想い、それに新しい発見。そういった私自身の“変化”を、ストレートにアルバムの中へ収めたいと思っています」(チェン・ミンさん)

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