東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第16号(平成14年11月20日発行)

特集

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タブーへの挑戦――それが僕の「冒険」です。

今回のゲストは、アルピニスト・野口健さんです。1999年、25歳の若さで7大陸世界最高峰を制覇。そんな野口さんの新たなる「冒険」は、2000年から挑み続けているエベレスト清掃登山です。そこにはいったい、どんな想いがあったのでしょうか? エベレストで直面した現実。そしてそこから始まった環境問題に対する想いを、じっくりと語っていただきました。

野口 健さん

野口 健さん(のぐちけん)さん

1973年、アメリカ・ボストン生まれ。生後6カ月でサウジアラビアへ移り、4歳の時に帰国。その後、9歳でエジプト、12歳でイギリスと、外交官である父親の勤務先とともに海外を転々と渡り歩く。高校1年生の時に故植村直己氏の『青春を山に賭けて』に感銘を受け、山の世界へ。19歳で5大陸最高峰登頂を達成。1999年5月、25歳でエベレスト登頂に成功し、当時世界最年少で7大陸最高峰を制覇。これらの活動に対して、2000年3月には都民文化栄誉章を受章した。一方、エベレストで登山隊が残した膨大なゴミの山にショックを受け、清掃登山活動を開始。現在はアルピニストとして活躍するかたわら、環境問題の講演も精力的に行っている。

少年時代に芽生えた「コンチクショー」の想いが、いまの自分にも生きている

野口さん自身、少年時代にいじめを受けていたそうですが、まずは当時の様子から教えてください。

 僕、幼稚園の時に日本語が話せなかったんです。それまではサウジアラビアに住んでいて、ずっとアラビア語でしたから。そうするともう、いじめられるわけです。それでよく泣きながら帰っていたのですが、母は家に入れてくれなかった。「誰にやられた?」って聞くんです。僕が「なんとか君となんとか君」って泣きながら言うと、「じゃあ、そいつらを殴り返してこい」って言うだけでドアを閉めちゃう。本当に入れてくれないんですよ(笑)。だから仕方なく、外でぶらぶらしながら時間をつぶして、もう一度帰ってみる。嘘をつくわけです。そうして、やっとのことで家に入れてもらうということが続いていたんです。

 それでも、今では母に感謝していますね。というのも、いじめられた子どもというのは、たいがい家に籠もって外に出なくなっちゃいますよね。そうすると、一人でウジウジ泣きながら引きこもるしかない。でも、ウチはそうじゃなかった。そのおかげで、僕は強くなれたのかなっていう気がしているんです。だから、あれはあれで良かった。当時はすごくつらかったですけれど(笑)。

「コンチクショー」という悔しさが野口さんを突き動かす原動力になっているということを著書にも書かれていますが、それはこうした少年時代の環境が影響しているのですか?

 そうでしょうね。母はアラブ人だったので、殴られたら殴り返せっていう教育でしたから。だから、やられたら「コンチクショー」と思ってやり返すしかない。悔しさは、相手にぶつけるしかなかったというわけです。それに、学生時代の経験もまた、現在の自分に大きく影響していますね。僕はイギリスの立教英国学院という全寮制の日本人学校に通っていたのですが、高校進学の際、あまりに勉強ができなかった僕に対して学校側は「仮進級処分」という厳しい態度で臨んできました。なんせ「仮」ですから、放課後のクラブ活動禁止とか生徒会の選挙権剥奪とか、とにかく学内での行事にはいつも参加できなかった。もちろん悔しかったし、学校を恨んだこともありました。それでも落ちこぼれだった僕に対して先生方が逃げ場を与えず、厳しく向かってきてくれたからこそ自分自身を見つめ直すことができたし、そのなかで自分の歩むべき方向を見つけ出すこともできたんだと思います。もし先生方が過保護な接し方をしていたとしたら、おそらく弱い自分へと逃げていったに違いないですから。

 大人になったいまでも、こうした負の感情は大きな力になっていますね。エベレスト清掃登山を始めたきっかけも、実はそんな想いがあったからです。97年のエベレスト登山で、僕は日本隊が残した膨大なゴミの山を初めて目の当たりにしました。その時、外国人の登山家からボロクソに、延々と非難されたんです。日本人はとにかくマナーが悪い、と。僕はもう、悔しくて悔しくて。日本、そして日本人が否定されてしまったことは本当に悔しかった。悲しかったし、怒りも感じました。その想いが、清掃登山を決心するための後押しをしてくれたんです。また、忘れてはいけないのが99年、3回目のエベレスト挑戦の時のことです。他ならぬこの僕が体力を使い果たしてしまったが故に、途中で酸素ボンベを残してきてしまったのです。それがずっと心に引っかかっていました。だから清掃登山は、いわば僕の“リターンマッチ”でもあるんです。

 ただ、いざ始めてみると、今までみんながやろうとしてもできなかった理由がよくわかった。それはタブーだったんです。エベレストのゴミについて、山の世界の関係者はみんな知っていた。でも、すでに誰も手がつけられないほどのゴミが眠っていたというわけです。どこまでもどこまでも、果てしなくゴミは出てきますが、それでも僕はやります。タブーへの挑戦こそ、僕の「冒険」だと思っていますから。

環境対策を進めるためには、環境教育と公的なルール作りの二本柱が同時に必要

以前、野口さんが石原都知事とお会いした時、お互いに自然愛好家ということで環境問題の話で盛り上がったそうですね?

野口さんインタビュー写真

KEN NOGUCHI

 知事はスキューバで世界中を旅されていますが、ある時、無人島のような島の近くで潜ってみると、海の中にはいっぱいゴミがあった。こんなところにもゴミが……ということで、本当に驚いたとおっしゃっていましたね。ほとんど人が行かない場所という点ではエベレストも同じですから、そこで僕もいろいろと話をさせていただいたんです。たとえばエベレスト清掃登山は、ただゴミを回収するだけでなく、世界中の登山隊を観察する目的もあるという話をしました。実際、各隊を見ているとゴミを持ち帰っていく隊とそのまま捨てていく隊がある。それはもう、はっきりと分かれます。ゴミを持ち帰るのはドイツ、スイス、オーストリア、デンマーク、ニュージーランド、カナダ、オーストラリアなど。反対にゴミを置いていくのは日本をはじめ、おもにアジア諸国です。そこには国民性の違いが明確に表れています。ちゃんとゴミを持ち帰る登山隊は、彼らの国自体が環境に対してものすごく意識が高い。ところが、アジア諸国は残念ながら環境に対する意識が足りない。こうして、エベレストのゴミから国民性が見えてきたというような話を、知事に申し上げたんですよ。

 そうしたら面白いことに、海でも同じことが言えるとおっしゃっていました。とくに日本は四方を海に囲まれているにもかかわらず、海と親しむ文化が乏しいんじゃないかという話です。海と山で僕らのフィールドは違うにしろ、自然という共通項のなかでは非常に重なってくるものがあるのだと考えさせられました。

富士山が世界遺産の対象から外されたのは、あまりにも汚れていたからだと聞きました。なぜ、そんな状態になってしまったのでしょう?

野口さんインタビュー写真 実際に行って観察してみるとよくわかりますが、富士山ではトイレは垂れ流されているし、ゴミは巻き散らかされています。自然を守るためのシステムがまったくできていない。国立公園に指定されているにもかかわらず、です。だから僕、環境省の方に確認してみました。すると、いちおう国立公園法ではゴミの不法投棄を禁じているらしいんですよね。ただ、罰則を適用した前例がない。ポイントはここでしょうね。

 あるいは、ほかの場所でも同じことが言えると思います。たとえば青森県と秋田県にまたがる白神山地と鹿児島県の屋久島。いずれも条例では立ち入り禁止区域が定められています。ただ、やっぱりここでも罰則がない。去年、青森県から委託されてパトロールをしている方と一緒に白神山地を歩いた時のことですが、禁じられているはずの釣りをしている人や不法侵入をしている人を見かけたんです。ところが、いざ現場を発見しても、やめさせる権限がない。できることと言えば、注意することくらい。だから、みんな無視しちゃうわけです。

 結局みなさん、ルールに対する受け取り方が軽すぎる。だから、貴重な自然の遺産がどんどん汚されていってしまうのです。これに対して僕が言えるのは、罰則を設けた公的なルールを整備しなくてはいけないということです。同時に、自然と親しみながら「なぜルールが必要なのか」を伝えていかない限り、現状は変えられないと思っています。

では、そのほかにも具体的にどのような対策をしていかなければならないとお考えでしょうか?

野口さんインタビュー写真 エベレストでドイツ人の登山家から「日本はまず教育の内容を改善するべきだ」と言われたことがあるんですよ。正直言って、その時はピンとこなかったのですが、しばらく彼と話しているうちに、西洋ではひとつの独立した科目として「環境教育」があるのだということが理解できました。彼らにしてみると、先進国である日本にも、当然そういった環境教育の授業があると思っていますから「なぜ日本人がゴミを捨てていくのか、まったく理解できない」と感じてしまうわけです。

 ところが、今はどうだかわからないけれど、少なくとも僕は小学生の時に環境教育を受けた経験がありません。一方、環境に対する意識の高いドイツやデンマークなどの国では義務教育のなかで専門科目としての環境教育を受けています。理科、体育、社会といった科目と同じレベルで「環境」の授業がある。だからこのままでは永久に「ゴミを持ち帰る国・捨てる国」の差は埋まりません。

 結論として、これからの環境対策として必要なのは、ひとつは先ほどお話した強制力を持つ公的なルール作りです。それからもうひとつは、やはり環境教育でしょうね。義務教育のなかで、各個人が自然に対するモラルを作っていけるようにするということです。この二本柱を同時に進めていかないと、環境対策は意味のないものになってしまう恐れさえあると、僕は考えています。

「ゴミのお兄さん」の立場で、これからも環境問題の意識改革に挑戦していきたい

野口さんは環境問題に関する講演を各地の小学校でされていますが、それでは最後に子どもたちへのメッセージとともに、今後の活動について聞かせてください。

 近所を歩いていると、僕のことをみんな「ゴミのお兄さん」って呼ぶんですよ(笑)。あとは、ある学校の先生に教えてもらったのですが、最近は教室で「野口健ごっこ」っていうのが流行っているんですって。それはなにかというと、ただゴミを拾うだけ(笑)。でも、遊び感覚でいいから、みんなゴミを拾うようになった。それだけでも、僕が小学校を回る意味があると思うんです。

 ただ、気になるのは、みんな僕に「清掃登山、がんばってね」って言うことについてです。それは嬉しいことなのですが、「がんばれ、がんばれ」と言うだけでは、ぜんぜん応援になっていない。言われなくても、僕はがんばりますから(笑)。それでももし、本気で僕にがんばって欲しいと思うなら、それに対してみんなはなにができるのか? これを宿題にしておいたんです。一年後、再び同じ小学校へ行ってみたら驚かされました。何人かの生徒が、毎朝通学路に落ちているタバコの吸殻を拾い続けたから。そうなんです。自分でできることを自分で考えてやってみる。それが「応援すること」につながるのだ、と。僕はそれを、みんなに伝えたかった。

 僕はこれからも「ゴミのお兄さん」として環境問題への意識改革に取り組んでいきます。そしてこうした活動が次の世代に受け継がれて、ただ山頂を目指すだけの登山ではなく、もっと広く山を愛し、人と山の共存を目指した登山へと移行していくための道標になることを願っています。

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