東京都人権啓発センター

TOKYO人権 第11号(平成13年9月18日発行)

特集

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だれもが人生を楽しめる環境をめざして -今井 澄子さん-

企業における人権問題の取り組み

日比谷駅構内のラッピング広告など、多彩な作品を発表されている環境デザイナーの今井澄子さんに、周囲の環境との調和や街作りの視点からお話を伺いました。

PROFILE

写真:今井澄子(いまいすみこ)さん

環境デザイナー
今井澄子(いまいすみこ)さん

 1967年学習院女子部を経て学習院女子短期大学卒業。77年、アートセンター・カレッジオブデザイン環境デザイン科卒(学士)。81年、UCLA大学院ファインアート科終了。世界的なデザイナーであるチャールズ・イームズ氏に師事した後、ロサンゼルスに事務所を設立。
帰国後、92年に今井澄子デザイン事務所設立。IBMニューヨーク本社、サンフランシスコ日本総領事公邸、東京ドームなど、これまでに国内外で多数のインテリアデザイン、トータルデザインを手がけている。これまでに東京都の景観審議会委員、広告物審議会委員を務める。

アメリカで出会ったごく自然なバリアフリー

 1971年にアメリカの大学に留学した時、障害者や高齢者が健常者と同じように生活できる、いわゆるバリアフリーの考え方が、すでに街の中に定着していました。駐車場や公衆トイレには、車イスの方でも一人で車に乗り降りできるような設備が備えてありましたし、大学にはスロープがありました。ですから、帰国するたびに日本の遅れを実感しました。

 アメリカには『人と少し違うから、同じように生活できない』という発想がないんですね。これは環境だけに限りません。当時は住んでいたインディアナポリスに「日本人を見たことがない」という人がたくさんいるような時代でした。でも、成績さえクリアすれば、企業のスカラーシップ(奨学金の制度)に誰でもアプライ(志願)できました。人種で差別されることなんて全くなかった。異邦人である私たちに対しても温かいし、懐が深いんです。

 しかも、アメリカでは、そういう考え方をすることは、ごく当たり前のことなのです。あえてバリアフリーと強調することの方が、バリアがあると思うんですね。だから、バリアフリーという言葉自体、私は好きではありません。「やってあげている」とか「やっていただいている」という気持ちになるような環境ではなく、誰もがごく自然に人生を楽しめるような環境を整えることが、環境デザイナーとしての大きな目標です。街の小ささなどで日本に近いパリでも、家や駐車場などの公共施設には人が気持ちよく過ごせる配慮がなされています。日本にできないわけがありません。

 私は決して日本の現状を悲観しているわけではないのです。むしろ、アメリカで長く生活したことで、改めて日本のよさに気づきました。間接照明の最たる例である障子のすばらしさ、竹や笹の美しさ、季節感や色彩を大切にした生活など、見直したことがたくさんあります。

子どもたちが夢を持てるきっかけづくり

よく、私に「アメリカに長くいたから、デザインができるんですね」とおっしゃる方がいるのですが、そうは思いません。それよりも、小学校2年生まで岐阜県で過ごしたことが大きく影響していると思っています。家は祖父の代まで美濃紙の原料を製造販売しており、そこには生活の一部としてお茶やお花がありました。

 こういう子ども時代の環境によってデザインの世界に進んだのだと思います。学校ではデザインの世界の言葉を習ったに過ぎないのです。「どこへ行って何をみれば、これに役立つ」なんていう答えはないのです。

 大切なのはたくさんの人に出会い、たくさんの物を見ることだと思います。欧米には気軽に楽しめるミュージアムなどがたくさんあり、小さな頃から本物にふれる機会も多いのです。でも、日本ではミュージアムや博物館などが遠い存在になってしまっています。こうした思いから「わざわざ出かけなくても、生活の中で何気なく美しいものに触れられるようなチャンスを作りたい」と、昨年は都バスや都電、今年は都営地下鉄三田線・日比谷駅構内のラッピング広告に取り組みました。

 ラッピング広告を施した写真

左:地下鉄日比谷駅構内ラッピング広告
右:都電荒川線ラッピング広告

 日比谷駅構内のラッピング広告は、コンコースの壁や柱からホーム、エスカレーターの壁まで、延べ6000m2のスペースを広告で覆い尽くすという日本で初めての試みです。これだけのスケールのものは世界でも前例がないそうです。医薬品メーカーの広告なのですが、いわゆる商品広告とは違います。構内は主に「ケミカル」「歴史」「街並み」の3つのゾーンに分かれており、「ケミカル」は分子構造モデルや化学構造式、「歴史」は薬の歴史や文化を説明した写真やイラスト、「街並み」はヨーロッパのカフェなどをデザインに取り入れました。毎朝、ちょっと憂鬱な気持ちで出勤している方が楽しい気持ちになったり、通学で駅を利用する子どもたちが「お医者さんになりたい」という夢を持ったり、もっと本を読んでみたいと思ったりするきっかけになればという思いが込められています。

 現在、東京都内で人権を共通のテーマとして、都電荒川線の車体を沿線の小学生の絵でラッピングするという計画が進められているそうです。子ども時代のこうした経験は、子どもたちが夢を持ったり、何かに興味を持つきっかけになるのではないでしょうか。

 デザイナーとしてだけでなく、娘を持つ母親としても、こんな時代だからこそ、子どもたちに大人になることのすばらしさ、日本の文化のすばらしさを伝えていかなければいけないと感じています。そのために、私のようにデザインに携わる者だけでなく、さまざまなジャンルの方々が自分の得意分野を生かして、その機会を作っていけたらと思うのです。

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