TOKYO人権 第48号(平成22年11月29日発行)

特集 意志や倫理の問題ではなく、依存症はこころの病気です

顔写真
岩崎正人(いわさきまさんど)さん
精神科医
岩崎メンタルクリニック院長

依存症は、ある事柄が自分ではどうにも止められなくなってしまい、そのことで社会生活に支障をきたしてしまうこころの病気です。けれども、これまで病気としての社会的認知が低かったために、多くの場合、本人の意志や倫理の問題とされてきました。

そうした中、ここ数年の間に、定年前後に依存症にかかる高齢者の人たちが増えてきているといいます。さまざまな依存症問題の解決に必要なこととは何か、精神科医の岩崎正人(いわさきまさんど)さんに取材しました。

知られていない「依存症はこころの病気」

一般的に依存症というと、麻薬やアルコールなどの薬物に対するものが広く知られています。しかし、実際には依存の対象は多種多様で、ありとあらゆる物事がその対象となりえます((注)下図参照)。

何らかの原因で精神のバランスを崩した結果、なってしまう…本来はだれもがかかりうるこころの病気です。しかし、これまでは社会的認知の度合いが低く、依存症によって起こったさまざまな問題は、病気のせいではなく、本人の倫理観の低さや意志の弱さが原因であると思われてきました。

「依存症はあくまでも病気ですから、本人がやめたいと思っていても意志ではどうにもならないんです。社会の偏見・無理解が問題の解決をより困難にしている側面があります」(精神科医 岩崎正人さん)

依存症を切り口にすると、これまでに起こっていたさまざまな社会問題を違った角度から見ることができます。例えば、DVなどは暴力を振るう本人がアルコール依存症を併発しているケースが多く、その家族関係のありかた自体を依存症としてとらえる必要があります。親がパチンコに行っている間に子どもが車中に置き去りにされて熱中症で死亡する事故などは、実は親がパチンコ依存症である可能性が考えられます。また最近では、芸能人やスポーツ選手など著名人の「薬物汚染」が相次いで発覚しました。こうした依存症の問題は、本人の健康被害や、社会的信用の失墜だけにとどまらず、その家族や社会への影響もけっして小さくはありません。

DVも保護責任者遺棄も違法薬物の使用も、けっして許されることではありません。しかし一方で、病気が原因であるなら、倫理的に非難・断罪するだけでは問題の解決には結びつきません。

「社会的地位のある人であっても、再び罪を犯してしまう例はとても多い。刑務所内でも治療をおこなう必要があるのですが、日本での取り組みはまだまだです。刑事罰としての収容・隔離は、治療としては何の効果もありません。依存症が病気であるという社会の認識がもっと深まれば、制度的な不備は徐々に改善されていくのではないかと思いますが…」(岩崎さん)。

一方、先進諸外国での依存症に対する認識や取り組みはかなり異なっているといいます。例えばアメリカ合衆国では、薬物事犯は専門の“ドラッグ・コート”で裁判を受け、さらに、犯した罪は治療に専念することで償うような仕組みが一部制度化されています。また、フォード元大統領の夫人ベティ・フォードは、本人がアルコール依存症であることを公表し、回復後には依存症専門の治療機関を設立し社会に貢献しています。ファーストレディーのような著名人が自身の依存症を公表し前向きに取り組む姿勢を示すことは、同じ病気を抱える多くの人たちを勇気づけることにもなります。

依存症の分類図依存症の3つの分類

ありとあらゆる物事が依存の対象になりうる。必ずしも明確に三つのうちに分類できないものや、依存症には分類されていないが疑わしいものなどもある。

物質依存症【たばこ、酒、ドラッグなど

特定の物質を体内に取り入れることによって快感を得、不安や恐れの感情を抑える依存症。体内に入れると陶酔感や酩酊感を手早く手に入れられるため、だれもが陥る危険性がある。

プロセス依存症【仕事、ギャンブル、買い物、インターネットなど

特定の行為をしていると高揚感を感じる依存症。

関係依存症(共依存症)【DV、恋愛など

特定の人間関係に囚われて逃げられない依存症

カギは“健全な自尊心”

依存症はだれもがかかりうる病気である一方で、ここ数年、特定の人たちに顕著に見られるケースも増えているといいます。それが高齢者男性に多く見られる「定年性依存症」です。

依存症は通常、長い期間をかけて発症するものです。しかしこれとは異なり「定年性依存症」のケースでは、たとえば、現役時代は何の問題もなかった人が、定年を契機にアルコール依存症になってしまうなど、短期間のうちに重症化してしまうのが特徴だといいます。

「定年性依存症」になる人が最近増えているのは、一つには団塊の世代の人たちの大量退職があったためと考えられています。彼らの二次退職期にあたる2013年の後数年に渡って、さらに大きな社会問題として浮上してくる可能性もあります。

人生を左右するようななんらかの出来事を契機にそのストレスから精神のバランスを崩す危険性は常に、だれにとってもありうることです。しかし、そのような場合に、みんなが依存症になってしまうわけではなく、かかりやすさには個人差があるといいます。

「定年性依存症」の人たちに共通しているのは、定年というライフイベントを契機に自尊心を失ってしまったことです。退職期には自分の新たな人生を考えることになり、いやがおうにもそれまでの働き方・生き方を問い直すことになります。

「それまで築いてきたものを否定するつもりはないのですが、それだけによりかかっているのは問題があります。そこで得られる自尊心は“かりそめ”のものです。幸せに生きるためには、それとは異なる“健全な自尊心”が必要なんです」(岩崎さん)。

では、“健全な自尊心”とはいったい何なのでしょうか?

「ごくごく簡単に言えば、自分をもっともっと大切にしようよ。ということです。一般常識だとか、他人とのお付き合いだとか、それは大事なことではあるけれど、そういうものよりも、自分の判断、考え、感情を尊重しようということ。そういう心が“健全な自尊心”です」(岩崎さん)。

「定年性依存症」の人たちに限らず、依存症にかかった人たちの生育歴を丹念に調べると、幼少時に暴力的な両親の元で、あるいは不安定な家庭環境の中で過ごさざるをえなかったケースが多く見られます。このことから、「ありのままの自分自身を受け入れる」という、本来人間に必要な健全な自尊心を十分に育むことが非常に重要であることがわかります。

依存症はかならず回復する

依存症にかかった場合は、もよりの保健所や精神科のある病院で、まずは相談してみましょう。本人でなく、家族が先に相談するのも有効であるとのことです。

実際の治療ではどのようなことをするのでしょうか?

「医者は、治療の道筋を示して薬を出すだけ。あとは患者さんが自助グループへ積極的に通うことです。患者さん自身が自分の心に向き合い、健全な自尊心を確立することが必要なんです」(岩崎さん)。

俗に「依存症は足で治す」と言われるくらい、自助グループへの参加は必須なのだといいます。また、本人が治療に取り組むためには、家族や周囲の人たちが依存症についての正しい知識を得て理解することも重要です。

依存症からの回復には年単位の時間がかかります。また、回復してもそれを維持し続けるのが難しく、再発の可能性も高いといいます。

「けれども、依存症は治療に取り組み続ければ、かならず回復します! 絶望の淵から生還した人はみな、とても魅力的に変身します。回復の暁には、それまでとは違う素晴らしい人生が待っていますよ」(岩崎さん)。

依存症が普通の病気として受けとめられ、すべての人が治療へつながることが出来る社会が実現するのを願ってやみません。

冊子表紙

岩崎正人 著

定年性依存症 「定年退職」で崩れる人々

WAVE出版 刊


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