TOKYO人権 第37号(平成20年3月28日発行)

特集 よき「死」とよき「生」に出会うための哲学

だれにでも等しく訪れる「死」という現実。これに向き合い、積極的に受け入れることで、よき「生」につなげる。それが「死への準備教育(デス・エデュケーション)」の考え方です。「死生学(タナトロジー)」を日本に初めて紹介し、「死への準備教育」の普及につとめているのは、ドイツ生まれの哲学者アルフォンス・デーケンさんです。よりよく「生きる」ための「死への準備教育」とはどんなものなのか、その哲学を、ユーモアを交え、わかりやすく語っていただきました。

限りある「時間」と「命」の尊さを学ぶための教育

PROFILE
顔写真

アルフォンス・デーケンさん

上智大学名誉教授
1932年 ドイツ生まれ
フォーダム大学大学院(ニューヨーク)で哲学博士号(Ph.d.)を取得
1959年 来日
「東京・生と死を考える会」名誉会長
1975年
アメリカ文学賞(倫理部門)
1989年
第3回グローバル社会福祉・医療賞
1991年
全米死生学財団賞および《わが国に「死生学」という新しい概念を
定着させた》という理由で第39回菊池寛賞
1998年
「死への準備教育」普及の功績によりドイツ功労十字勲章叙勲
1999年
東京都文化賞および第8回若月賞受賞
質問「死への準備教育」とはなんですか?

教育とは、特定の考えを押しつけることではなく、考えるための刺激を与えることだと思います。したがって「死への準備教育」の目的は「死」について皆さん一人ひとりに考えてもらうことにあります。デーケンよりもデンケン(ドイツ語で『考える』という意味)が大切なのです(笑)。

アルフォンス・デーケンさんの写真

「死」はだれにでも必ず訪れる普遍的、かつ絶対的な現実です。わたしたちは生きている限り、いつかは親しい人の「死」を体験し、最終的には自分自身の「死」に直面します。もちろん「死」そのものを事前に経験することはできません。それでも身近なテーマとして自覚し、確実に訪れるその現実を受け入れるための心構えを習得することはだれにでも必要です。

ここでわたしが強調したいのは、それが決してネガティブ(否定的・消極的)な行為ではなく、むしろ、よりよく生きるための教育だということです。「死」と向き合い、最期まで人間らしく生きることを目指すわけですから「デス・エデュケーション」とは、同時に「ライフ・エデュケーション」でもあるのです。

具体的な例をあげてお話しましょう。わたしが大好きな映画に、黒澤明(くろさわあきら)監督の『生きる』という作品があります。描かれている内容は一貫して「死」についてなのですが、なぜかタイトルは『生きる』です。それは主人公が自分の「死」を悟ってから、本当の意味で「生きる」ようになるからだと、わたしは考えています。「死」を見つめることで、「生」も自ずと再認識される――それが「死への準備教育」なのです。

質問「死への準備教育」には、どんな意義があるのでしょうか? 

第一に、時間の大切さを発見できること。第二に、命の尊さを改めて考えられることです。したがって「死」と向き合うことは、限りある時間と命の尊さに気づくことと言えます。「生きる時間は限られている」という事実は自明なことですが、しかし、普段、それはあまり意識されません。

ところで、ギリシア語には「時間」を意味する言葉が二つあるのをご存じでしょうか?年・月・日・分・秒のように、時計で計ることのできる量的・物理的な時間を「クロノス」と言います。それに対して、一度だけで二度と訪れない決定的な瞬間、質的な時間を「カイロス」と言い表します。「死」を意識することにより、いままで漠然と送っていた時間を、かけがえのない一度限りの機会としてとらえ直す。そうすれば、いまよりもっと一瞬一瞬を大切にして生きることができるようになります。

年間約3万人もの人々が自ら命を絶つ現代の日本にこそ、「生」と「死」を考える教育が重要だと考えています。

「死」はすべての人に準備が必要な「人生最大の試練」

質問日本における「死への準備教育」の現状はどうでしょうか? 

長年の研究により判明したのですが…残念ながら日本の人たちの死亡率は100%です(笑)。だから私は日本のすべての人が「死への準備教育」を受ける必要があると思います。

日本の教育水準の高さは世界に誇れるものですが、残念ながら「死への準備教育」の面では不十分と言わざるをえません。たとえば入学試験や就職試験、資格試験といった人生の重要な試練に臨むとき、わたしたちは必ず準備をしますね。でも、人生において最大の試練である「死」を前にして、なにも準備をしないのはどうしてでしょうか?

親しい人に先立たれるという死別を体験した時に、いかに立ち直るかを学ぶのが「悲嘆教育(グリーフ・エデュケーション)」です。これは「死への準備教育」の中でも重要な分野です。悲嘆のプロセスを上手に乗り切れなかった人は、心身の健康をそこなう可能性が非常に高いです。配偶者を失った男性は、死亡率が3〜4倍になるとも言われています。愛する人を失うことが、健康の危機と直結しているわけですから、悲嘆教育は予防医学の観点からも重要です。ですから、高齢社会である日本においては、ぜひとも早い段階から皆さんに「死への準備教育」を学んでもらいたいです。

わたしは「日本の中学校、高等学校でも年に一度は生と死を考える日を設けてはどうか」と、これまでにもさまざまなところで提案してきました。人生は喪失体験の連続です。その時、なにを考え、どう対応すべきか? 人生には自分で選択できることと、できないことがあります。たとえば「親しい人の死」は防ぎようがありません。しかし、その後どう生きるかは自分で選択できます。自分の死に際しても、肉体が徐々に衰弱していくのを止めることはできませんが、心のありようや生き方を変えることで、最期の瞬間まで人間的に成長することができます。変えられないことに思いわずらわず、変えられることに前向きに取り組んでいけるようになるためにも、学校の先生や医師、悲嘆教育の専門家、死別を体験された方の話を聞いて学んでほしいと思っています。

家庭においても、死について考えることはとても大切です。子どもが「死」に関心を示して聞いてきた時、親はうそ偽りなく教えてあげてください。理解できないだろうと考えて質問をはぐらかさずに真剣に向き合ってほしいと思います。子どもは必要以上に死を恐れたりせず、素直に死に対する認識を深めることができます。また、大好きだったおじいちゃんやおばあちゃんが亡くなった時には、子ども自身の意思をやさしく尋ねて、希望すれば葬儀に参加させてあげてください。日ごろからの会話や配慮が子どもの情緒的発育を促し、命を大切にする生き方につながっていくのではないでしょうか。

「死」を前向きにとらえ「生」を充実させるユーモア

質問「死への準備教育」とターミナル・ケア(終末医療)の関係について話してください。

「死」という言葉を聞くと、みなさんは肉体の死だけを連想するかもしれませんが、わたしは「死」を4つの側面に分けて考えています。それは、心理的な死、社会的な死、文化的な死、そして、肉体的な死です。

心理的な死とは、生きる喜びを失ってしまうことです。社会的な死とは、社会との接点が失われ、病室の外とのコミュニケーションが途絶えてしまった状態のことを言います。だれも見舞いに来ないような場合がこれに当てはまります。文化的な死は、生活環境に人間らしい文化的な潤いが失われてしまった状態のことです。例えば、無味乾燥な病室など文化的な楽しみの無い環境で過ごすことにより、患者さんは肉体的な死の前に、文化的な死を迎えることになります。

20世紀の日本では、医学・看護学のめざましい進歩により「肉体的な死」の延命が大幅に図られました。その証拠に、日本人の平均寿命は世界一です。ドイツの男性よりも、日本の男性のほうが長く生きられる。だからわたしは日本に来ました。賢い選択ですね(笑)。

一方、これからの時代は、それだけでは不十分です。心理的な死、社会的な死、文化的な死を含めて、総体的な延命を図ることが課題となりましょう。

現在、世界中のホスピスでは、患者さんの生活の質を高めるために、音楽療法、芸術療法、読書療法、動物介在療法、アロマセラピー、リフレクソロジーなど、じつにさまざまな試みがなされています。その努力により、患者さんがよりよい最期を迎えることができるようになってきました。

実際に海外のホスピスを訪れると、多くの日本人は驚かれることでしょう。看護にあたる人々がユーモアにあふれ、患者さんと交わす会話も温かい笑いに満ちているからです。

不思議に思われるかもしれませんが、「死」と「ユーモア」は、とても深い関係があります。自分が「死」に直面した時に過剰な恐怖や不安を和らげるだけでなく、緊張をほぐして、怒りの感情を鎮め、苦悩のさなかにあっても、自分を客観視して笑い飛ばせます。また、親しい人との別れの後、悲嘆のプロセスにおいても、笑いを再発見することは立ち直りへの道の大きな一歩です。

ユーモアの源は、相手に対する思いやりです。そして「いまここで出会っている時間をお互いに楽しもう」と努めることで、自然に喜びの感情がわき、気持ちの通じ合った関係が生まれます。「死」を前向きにとらえ、「生」を充実させて豊かに老いるためにも、普段から家族や配偶者、友人への感謝や愛情を忘れず、楽しく生きることを心がけましょう。

文 山川英次郎

冊子表紙

『よく生き よく笑い よき死と出会う』

新潮社 刊

 
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『あなたの人生を愛するノート』

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